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女友達から吸血鬼だと打ち明けられた

作者: 右下左右

うーん、なんだこれ?

 その日の事は今でもよく覚えている。

 七月の中旬。

 期末テストも終わり、少しずつ夏休みの足音が近づいてきていたある日の事だった。

夏帆「私ね、吸血鬼なの」

 その日、珍しく学校の図書室に残って自習をしていた僕を迎えに来た七月さんは突然そんなことを言い出した。

 唐突だった。

冬弥「吸血鬼?」

 僕は理解できないなりに、言葉を絞り出す。

夏帆「うん」

冬弥「ヴァンパイア?」

夏帆「あー、そうともいうね」

冬弥「あの、血を吸う?」

夏帆「あー、うん。吸うね」

冬弥「僕、これから血を吸われるの?」

夏帆「吸わないかなぁ」

冬弥「あ、吸わないんだ」

夏帆「案外冷静だね? 吸血鬼だ、って言ったら基本みんな逃げるんだけど」

冬弥「逃げた方が良かった?」

夏帆「いや、逃げないでくれるとありがたいかなぁって。冬弥くんに逃げられるとなんか悲しいし」

冬弥「そか、じゃあ、逃げないでおくね」

夏帆「ありがと」

冬弥「それで?」

夏帆「それで、って?」

冬弥「いや、急に、そんな話されたから、なんか伝えたいことがあるのかなって」

夏帆「あ、そうだ、そうだ。忘れてた!」

冬弥「忘れてったって……、お前なぁ」

夏帆「ごめんごめん。冬弥くんが逃げなかったのが意外過ぎて」

冬弥「ええ、意外かなぁ」

夏帆「意外だよ! 皆私から逃げてくのに」

冬弥「薄情だね」

夏帆「うーん、そんなもんじゃない? 人間って。未知の物には拒否反応が出て当然でしょ? それも吸血鬼とか言う訳わかんないものだったらさ」

冬弥「そうだけどさ……。今まで築いてきた友情とかはどうなるのさ」

夏帆「あれ? 冬弥くんは友情とか信じてる口?」

冬弥「うーん。信じてると言えば信じてるし、信じていないと言えば、信じてないかなぁ」

夏帆「曖昧だね」

冬弥「あ、でも、七月さんとは友情があると思ってるよ?」

夏帆「ありがと。でも、それは私も同じだよ?」

冬弥「ありがと……」

夏帆「ちょ、自分で言ってて照れないでよ! 私が恥ずかしいじゃん!」

冬弥「いや、なんかうれしいなって」

夏帆「そ、そっか。って、それは置いといて。吸血鬼だって打ち明けた理由なんだけどさ」

冬弥「うん」

夏帆「私、死のうと思うんだよね」

冬弥「は、はい? ごめん、なんかやばい幻聴が聞こえた気がするから、もっかい言ってもらってもいい?」

夏帆「うーん、多分幻聴じゃないよ?」

冬弥「いいから」

夏帆「私、死のうと思うんだよね?」

冬弥「え、死ぬの?」

夏帆「うん」

冬弥「誰が?」

夏帆「私が」

冬弥「なんで?」

夏帆「吸血鬼だから」

冬弥「だから、なんで吸血鬼だから死ななきゃいけないの?」

夏帆「う、そ、それは」

冬弥「?」

夏帆「い、言わなきゃダメ?」

冬弥「え、ここまで言っててそこ言わないの?」

夏帆「出来れば隠しておきたいなぁって」

冬弥「いや、逆に気になるんだけど」

夏帆「後悔しない?」

冬弥「いやに、もったいぶるね」

夏帆「だって、冬弥くんに嫌われた私死んじゃうかもだもん!」

冬弥「死のうと思ってるのに? 吸血鬼って打ち明けたのに?」

夏帆「そ、それは……。言っといた方がいいかなって」

冬弥「ね、そこまで来たら、理由言っても変わらないって」

夏帆「でも……」

冬弥「大丈夫だって、僕が七月さんの事嫌う事なんてないから」

夏帆「でも、もしかしたら嫌いになるかもじゃん?」

冬弥「そんなことで嫌いになってるなら、吸血鬼って打ち明けられた時点で、露骨に嫌な顔したりしてるって」

夏帆「そ、そうだけど」

冬弥「僕、嫌な事は嫌って言うタイプなのは知ってるでしょ?」

夏帆「……うん」

冬弥「友達でも、嫌だったりしたら僕言うよ?」

夏帆「知ってる……」

冬弥「だからさ、ね?」

夏帆「嫌いに、ならない?」

冬弥「だから、ならないって」

夏帆「血をね、吸わないといけないの」

冬弥「血?」

夏帆「そ、血」

冬弥「吸ったことないの?」

夏帆「あー、吸ったことはね、あるんだけど」

冬弥「あるんだけど?」

夏帆「成人した吸血鬼にはね、血を吸われた人を魅了してしまう呪い? があるの」

冬弥「嫌なの?」

夏帆「嫌って訳じゃないんだけどさ」

冬弥「じゃあ、なんで?」

夏帆「私さ、好きな人がいるんだよね」

 七月さんはそんなことをなんともなげに呟いた。

 その横顔は、少し赤くて、それでいて少し寂しそうで。

夏帆「それで、その人の血を吸いたいな、って思うんだけど」

冬弥「吸ったらいいじゃん!」

 その顔を見ている内に無性に腹が立っている自分がいる。

 それは、まるで、恋のようで……。

夏帆「ちょ、急にそんな大声を上げてどうしたの?」

冬弥「あ、いや、ごめん」

 幸い図書室に残っているのは僕たちの他に担当の図書委員が一人だけ。

夏帆「でもさ、呪いだよ? 私が血を吸ったら、その人、他に好きな人がいたとしても、私のつがいになっちゃうの。それがね、どうしても、許せないの」

冬弥「そっか……」

夏帆「それにね、その人。多分他に好きな人がいるから……」

冬弥「それで、死ぬっていいだしたの?」

夏帆「うん」

冬弥「それ、僕、じゃだめかな?」

夏帆「え?」

冬弥「だから、七月さんに血を吸われるの僕じゃだめかな?」

夏帆「な、なんで?」

冬弥「いや、特に深い理由はないんだけどさ。七月さんのことは案外好きだからさ。死なれたら困るって言うか、寂しいっていうか」

夏帆「い、いいの?」

冬弥「ま、まぁ、七月さんがよければ、だけど」

夏帆「一生、私の事しか、みれないままだよ?」

冬弥「まぁ、一応、覚悟はしてる」

夏帆「好きな人がいても、好きじゃなくなっちゃうんだよ?」

 問題ない、というのは心の中にしまっておく。

 七月さんは知らなくていい。

 だって、七月さんのことだ。

 きっと知ったら、悩みに悩んで、きっと、死を選んでしまう。

 僕の、このちっぽけな一生で、七月さんを救うことができる。

 それなら、僕の、この悩みも、後悔も、何も知らなくていい。

夏帆「で、でも」

冬弥「好きな人、いるんでしょ?」

夏帆「う、うん」

冬弥「その人までのつなぎでいいからさ」

 でまかせというのは驚くほどに口からスラスラと出てくるらしい。

夏帆「それは……。冬弥くんに申し訳ないよ……」

冬弥「僕は、七月さんに生きてほしい。七月さんは血が吸える。どう、ウィンウィンじゃない?」

夏帆「そうだけど……」

冬弥「よし、じゃあ、決まり」

 話を強引に打ち切って、椅子に置いていた鞄を手に取る。

 まだ、少し混乱しているのか、七月さんは固まったままだった。

 そう、これでいい。

 今は、これでいいんだ。

 胸に、ほんの少し、チクリと刺すような痛みを覚えた気がしたのをよく覚えている。


 その日から僕の生活は大きく変わったと思う。

 どちらかと言えば、考えが変わったという方が適切かもしれない。

 それまで一人でいる事が多かった僕は、家にいる時以外は夏帆さんと行動するようになっていた。

 今まで外に出なかった休日は、夏帆さんを連れまわって出掛けるようになった。

 知らない、夏帆さんの好きな人から目を離させるように、僕に目を向けてほしい、という小さな願いを込めながら。

 一日一回、夏帆さんは僕の首から僕の血を吸うようになった。

 最近、どんどん、夏帆さんを目で追うようになった。

 夏帆さんがあの日言っていたのはこういうことなのだろう。

 友達だった時より、距離は近くなった。

 それでも、夏帆さんはいつも、心ここにあらず、というようで。

 それが少し寂しかった。

 日に日に、夏帆さんを好きになっていくことに気が付いていた。

 だけど目をそらす。

 夏帆さんには好きな人がいるのだ、と言い聞かせて。

 その人と夏帆さんが両想いになるまでだと言い聞かせて。

 夏帆さんを好きになったことを必死に隠す。

 だって、僕はつなぎだ。

 夏帆さんが好きな人と付き合うまでのつなぎだ。

 最初の頃は焦慮の血しか吸っていなかった夏帆さんは最近僕の血を吸うことに遠慮がなくなってきたみたいだった。

 夏帆さん曰く、少量の血なら僕が夏帆さんを好きにならないかもしれないと思ったらしい。

 僕の人生を夏帆さんが縛るなんてことはないかもしれないと思ったそうだ。

 だから僕は隠す。

 夏帆さんの友達を演じる。

 夏帆さんの隣にいたいから。


 クリスマスの足音も近づいてきた頃だった。

 その頃になると、徐々に夏帆さんの好きな人について気にしなくなってきていた。

 半年近くも続けていた友達としての僕を守る殻は今もよく機能している。

夏帆「冬弥くん」

 隣で歩く夏帆さんの横顔をいつもの様に眺めているときだった。

 急に夏帆さんがこちらを見る。

 その声は、普段の明るい声とは正反対の少し思い詰めた様な声だった。

 好きな人の事かな?

 直感的にそう理解する。

 だって、この声は聞いたことがあった。

 あの日だ。

 僕と夏帆さんが、こんな関係になったあの日。

 死のうと思うの、そういった夏帆さんの声もこんな感じだった。

冬弥「どうしたの?」

 恐る恐る問いかける。

 聞きたくない、という心の叫びを無視して。

夏帆「クリスマスって、空いてたりする?」

冬弥「うーん、特段予定はないけど……?」

夏帆「じゃ、じゃあ、クリスマス。二人でどこかに出掛けない?」

冬弥「好きな人はいいの?」

夏帆「そ、それは」

 それは僕と夏帆さんとの間で交わされていた暗黙の了解。

 夏帆さんの好きな人に関しては何も聞かない、何も言わない。

 それでも、今日ばかりは聞かなければいけない気がした。

 いつも、僕と行動している夏帆さんは好きな人にアプローチが出来ているのだろうか。

 それはずっと持っていた疑問。

 クラスの中で、僕と夏帆さんは公認カップルのような状態になっていた。

 学校中とまでは行かないだろうが、僕と夏帆さんの噂はとどまる所を知らない。

 それでも、僕の中に残り続ける、小さな棘。

 どれだけ噂をされていても、どれだけ夏帆さんが僕と共に行動しても、彼女の好きな人の存在を忘れたことは一度もなかった。

夏帆「だって、冬弥くん、気づいてくれないんだもん」

冬弥「ごめん、なんて?」

 しばらく考え込んでいた時、夏帆さんが何かをぼそぼそっと呟いたような気がした。

 その声は凄く小さくて、でも、好きな人の事を言っているのは一目見てわかった。

 その横顔が、少し、寂しそうだったから。

夏帆「な、何でもない」

冬弥「そう?」

夏帆「で、どうなの? クリスマスデート」

冬弥「僕としては問題ないけど」

夏帆「じゃあ決まりね!」

 夏帆さんは僕に気付かれていない、と思っているのか、やった、と小さく拳を握る。

 さっきまでの寂しそうな表情は何処へやら、いつもの夏帆さんの笑顔に戻っていた。

冬弥「どこか、行きたいところある?」

夏帆「え、なんで?」

冬弥「クリスマスだし、デートプラン考えさせて?」

夏帆「いいの?」

冬弥「いつも任せっぱなしだから」

夏帆「それは……私が、冬弥くんの血を吸わせてもらってるから……」

冬弥「夏帆さんはさ」

夏帆「うん」

冬弥「僕がなんであの時、血を吸って欲しかったか分かる?」

夏帆「それは、冬弥くんが優しいから……」

冬弥「それだけ?」

夏帆「違うの?」

冬弥「うん。僕がただの友達にそんなこと言うと思う?」

夏帆「冬弥くんは言いそうかな」

冬弥「好きだからだよ」

 ああ、言うつもりはなかったのに。

 言ったらきっと彼女は離れていくのに。

 高校に入って、初めてできた友達なのに。

 きっと僕には一生できることのなかった唯一の女友達なのに。

 今日でその関係も終わりだ。

 死んで欲しくなかったのも本当だ。

 それでも、本当は、血を吸われたら、僕の事をもう少し、意識してもらえるかな、なんて浅はかな考えがあった。

夏帆「え、なんで? だっていつも」

冬弥「好きだったんだ。友達の時から」

 夏帆さんの目がわずかに開いた気がした。

 やめろ、やめろ、と心が叫んでいる。

 それでも、これが最後だと思うと、口から出てくる言葉は止まらない。

冬弥「いい加減さ、好きな人とくっついてくれない? 結構しんどいんだよね。夏帆さんの隣にいるの。僕は好きなのに、夏帆さんは僕の事好きじゃないんだ、とか、きもい考えが顔を出すんだよね。あのさ、ほんとに好きな人と付き合う気ある?」

夏帆「そ、それは」

冬弥「あるならさ、なんで僕をクリスマスに誘うの? 僕に期待を持たせてるの? 友達ならそこまで許すと思った? 僕は君に血を吸われても好きになってないと思った?」

夏帆「好きに、なってたの?」

冬弥「なってたよ。言ったでしょ? 好きだったんだよ。友達の時から。まぁ、友達の時は気になるなぁ、程度だったけど」

夏帆「そっかぁ、そっかぁ」

 夏帆さんは安心したようにため息をついた。

冬弥「何安心してるの? 僕の話聞いてた? 僕は、君が、好きなの!」

 やけだ。

 やけだった。

 吹っ切れていた。

 もう、夏帆さんに何と思われようとよかった。

 ここまで来たら自分の気持ちをすべて吐き出そうと思った。

 気持ち悪い、と思われてもいいと思った。

夏帆「あ、あのね!」

 すべてを言いきって肩で息をしている時だった。

夏帆「わ、私もね。冬弥くんが好きだったの」

冬弥「え?」

夏帆「で、でも、冬弥くん。私がどれだけ血を吸っても、友達の時と変わらないし……だから、クリスマスデートに誘ったら、もしかしたら、クリスマス効果で好きになってもらえるかなって」

 そういって夏帆さんは徐々に涙をためていく。

夏帆「冬弥くん」

冬弥「は、はい」

夏帆「友達の時から好きでした。吸血鬼だって打ち明けても、離れていかないとこも、私の友達でいてくれたとこも、大好きです。私と付き合ってください」

冬弥「よ、よろしくお願いします」

 目に涙をためながら訴えかけるように告白してくれた夏帆さんは僕の返事を聞くと、嬉しそうに笑ってくれた。

 その笑顔を、僕は一生守りたいと思った。

吸血鬼設定薄いなぁ、って書きながら思ってた

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