9.ダンスパーティ
時間に余裕があったので今度こそハイヒールを作らせました。
少しでも背を高く見せてガリィに並びたいといういじらしい乙女心によるものだ。
という事でさっそくガリィに見せにいったところ。
「ふぅん……ねえ、マリー。それ履いたまま踊れるかしら」
任せておけとしか言いようがない。せっかくのダンスのお誘いを断るはずもなし。
「勿論」
「よかった。じゃあ婚約のお祝いに他領の貴族達呼ぶけど、その時にダンスパーティしましょ」
うわー、他の貴族とか基本的に面倒なんだよね。学園の同級生とか見た感じ、大体が私に怯えるし。
「アンタ、もうちょっとうわあ、みたいな顔隠しなさいな。アタシだって乗り気な訳じゃないの。こういうのはやっとかないといけないものなの」
顔に出てただろうか。寡黙無表情が私のキャラなのに。それともガリィにしてみれば私の事なんてお見通しという事だろうか。参ったね。
「そういうわけだから、練習するわよ。
とはいえ、大して人は来ないわ。せいぜい隣接する領の貴族くらいじゃない? 招待だってそのくらいにしか送らないし。それも付き合いで仕方なくって感じ」
ふうん、そういうものか。
パーティっていうから学園でやってた時くらいの規模を想像してたけど、そうでもないのかな。
そんな事を考えながら、私とガリィはホールに向かった。
さすがに学園ほど広くは無いけれど、人が集まるには充分すぎる広さを持っている。
貴族の家が広いのは、いざダンジョンからの魔物を倒しきれなかった時、他の貴族達を招き、対処法を相談する為と言われている。
とはいえ、適切なダンジョンに適切な強さの貴族が配置されるようになった現在ではダンジョンが処理できないという事態はほぼ起こっていない。
つまり、世の中は魔物の脅威に晒されるような事はほぼ無いし、そんな事が起こるのはよほどの無能貴族だという扱いになるわけだ。
平和な歴史の重みが、そのまま貴族への牽制になるという事。
「……ガリィ、大丈夫?」
それよりも今はガリィだ。ハイヒールで背を高く見せているが。それでもまだ私の背は断然低い。となるとガリィは無理な姿勢で踊らなければならない。
で、私は私でハイヒール履いてるから前世で慣れてるとはいえ久しぶりだしちょっと足元が不安定。他人には見せられない二人だけのぎこちないダンスパーティが始まった。
…………
……
…
子爵家一つ、男爵家四つ。それが今回のパーティに招かれた人々。
つまり格が下の相手という事で、ガリィも安心してオネエ言葉が使えるようだ。むしろきちんと敬語使ってるガリィ見てみたいなあ。まさかお嬢様言葉なわけじゃあるまいし。
でもそれって偉い人と私も会わなきゃいけないって事か。それはいやだ。面倒すぎる。
「今日は集まってくれてありがとうね。楽しんでいって頂戴」
挨拶もそこそこに、パーティが始まった。
領内にいた演奏家がこの日の為に雇われ、音楽を奏でる。
意外な事に私達を含めて、人数はぱっと数えられない程度には客がいる。
各家の領主と夫人、子供がいるところもいれば、そこに婚約者がついてくる場合もある。
あとは普段それぞれの家で仕事をしている騎士や執事、メイドや侍女なんかも何人か連れてきていたりするらしい。
そういう仕事に就いてる人も、結構な数が貴族だったりする。領地を持たない貴族というやつだ。
それが領地を持つ……つまりはダンジョンにいる魔物を討伐する仕事をする貴族をサポートする、というのが基本の形となる。
あんまり関係ないけど、この世界のメイドと侍女の違いは直接侍る相手に関わるかどうかといったところだ。例えば私の例で言えば私の髪のセットとかしてくれるのがメイド、私と関係ない客の相手をするのが侍女だ。
ついでにいえば、騎士というのは平民上がりも少なくない。だが、日本で言う警官の役割を果たす彼らが平民に負けるのは許されない。それが普段から魔物と戦っている冒険者であってもだ。
むしろそういう相手に完勝してこそ騎士。
よって貴族学園に通っていてそこで組織的に鍛えられた貴族が騎士という組織の上の方にいるのは当然だと言える。
まあ、学園に通っていない平民騎士も騎士団に組み入れられたらかなりしごかれるみたいだけどね。
なんにしろ、そういうメインでない客……とでもいうのだろうか。執事や騎士、侍女やメイドといった人たちもきっちりドレスアップしている。
それは他所の家だけじゃなく、ガリィの家臣達もそうだ。
客をもてなすのに必要な人数を残して、ガリィの下についてる貴族である従者達、例えば執事長のセバスや、私がこの領地に来るときに同行してくれたメイド達。トランプ家の四人などの面々も会場に客として参加している。
特にセバスはよほどの事が無い限り客として立ち回り、自分がいない場合の指示系統の回り方などを確認するとかなんとか。
「バルトロメオ伯爵、この度は婚約おめでとうございます」
そう言ってガリィに一人の男女のパートナーが近づいてきた。
「あら、ありがとうグエリーニ子爵」
「ははは、婚約されても女言葉を使うのは変わらずですか」
「理解あるパートナーに恵まれたのよ」
「随分とお若いようですからな。考えも柔軟なのでしょう」
話を聞く限り、彼が子爵家の領主らしい。
女性は喋らない。こういう場で、紹介されてもいないのに女性が喋るのはあまり良い行いとはされない。だから私も喋らない。寡黙なのはいつもの事だけどね。
ガリィには知らない人と喋るのは得意じゃない旨を告げているので、私を紹介しない方向で会話を進めてくれる。
「それでは、我々はこの辺で」
「ええ、楽しんで頂戴」
子爵だけでなく、男爵家の人々も軽く話しただけで終わらせてしまう。ホストとしてこれでいいのだろうか。
そう思っていると、少しかがんで私にだけ聞こえるようにガリィが話しかけてくる。
「彼らね、あんまりアタシと長話したくないのよ」
なんと。それは意外だった。
「そんな風に見えなかった」
「こっちの方が爵位が上だもの。最低限の敬意見せるくらいはするわよ向こうも。だから早めに話を切り上げてあげれば、さっさと離れて行ったでしょ。本当に話したければもうちょっと食いついてくるわよ」
なるほど。そういうものか。
「これで分かったでしょ」
なにが?
「やっぱりアタシにはアンタしかいないの。他の貴族は大体アタシを避けるのよ」
私達が割れ蓋に閉じ蓋みたいなものだという事は何度確認してもいいものだ。お互いの大切さがよく分かる。
「表面上だけでも対応してくれるのはいいけど、やっぱり分かるのよね。心から……」
私はガリィに手を差し出した。
「踊ろう」
「……ええ!」
差し出した手を掴んだガリィは、そのままホールの中央に私を引っ張っていき踊り出した。
何度も練習した私達は身長差にも関わらずしっかりと踊れるようになっていた。
ハイヒールも慣れた。というか感覚を思い出している。この世界で生きてきた十五年間履いてなかったものだからさすがに少し手間取った。
地球でも体育の時にちょっとやらされたぐらいで本格的なダンスなんてしたことなかったからなおさらだ。
学園では真剣にやってた事を考えると、そこは言い訳にはならないけどね。ちなみにダンスのお相手は教師だった。男子生徒は誰も私とやりたがらなかったから。
そんな訳で、婚約パーティは無難に終わった。特にトラブルが起こるわけでもなく、かといって何か他領と交流が深まったかと言えばそれほどでもなく。
でも、それでいいのだ。問題を抱えてなお自分らしさを貫こうとするガリィと、魔女と呼ばれていた私が上々の成果を得られるなんて贅沢はいらない。
ほどほどでいいのだ。
私はガリィと毎日を過ごせれば幸せなのだから。
それ以上を望めばバチがあたるというもの。
ガリィだって私を愛してくれている。アタシにはアンタだけだと何回も言ってくれているから間違いない。
そんな彼に何かお返しができないものか……そこで思いつくのが、前世の知識を活用して見せる。というものだった。
とはいえ、すぐに役に立つものが思いつくほど前世の記憶がしっかりしているかといえば疑問だし、そもそもおそらく一般人だった私に前世の記憶で役立つものといえば。
「ガリィ」
「なに? マリー」
パーティを終えて、身体と心を休めている彼に私はこう口にした。
「この領地に娯楽を広めたい」
「娯楽? っていうと……リバーシみたいなのかしら」
「そう」
といっても私は現代っ子だったと思うから思いつく娯楽なんて大してないけど、幸い時間はたっぷりある。少しずつ思い出していこう。
「今もトランプっていうのを作らせてるし、この領地を娯楽で富ませたい」
「いいわよ。お金が必要なら好きに使っていいから好きになさい」
「ありがとう」
でもそのどんぶり勘定本当やめた方がいいと思う。元日本人としても現男爵家の娘としても聞いてるだけでもはらはらする。
「そうだ。その代わり」
お、交換条件。そうそう、そういうの大事だよ。
いくら赤字出したらやめろとかそういうのでしょ。分かってる分かってる。
「なにか面白い事思いついたら、アタシとも遊んで頂戴」
そんな事か。もちろん。かわいいなあガリィ。ガリィをほっとくわけないよ。
「たくさん遊ぶ。大丈夫」
貴族の義務は魔物退治。そして領地を富ませる事。
魔物退治は得意なのでさっさと済ませるようにして、領地に娯楽を流行らせよう。
それが私に出来る、ガリィへの恩返しだ。
思い出した娯楽でガリィと遊べばガリィも嬉しいし私も楽しい。
なんていい作戦なんだ。
私は自画自賛しつつ、今後の計画について考え出した。