8.告白
義母、義父は少しの間この屋敷に泊まるらしい。気まずいなあとは思うが仕方ない。
それはともかく、今日は商人を相手に私が考案してガリィが作った部分型ゴーレムを取り扱わせるための打ち合わせの予定だ。
談話室にはもうガリィもアキンドルもいる。で、なんで私もいるかというと、リバーシが出来たので見て欲しいとの事なのでガリィの話の後でこっちの用事も済ませてしまおうという事らしい。
「なるほど、腕力や脚力の強化用。……使ってみてもよろしいでしょうか」
「いいわよ」
岩で出来たそのガントレットとグリーブは重そうな見た目をしている。装着するのも大変そうだったが、実際につけてみるとその様子は一変した。
「これはこれは! ずいぶんと身体が軽い。確かにこれは便利そうだ」
「そう。これ、領内に広められるかしら」
「問題なく。数を揃えて頂ければと思います。あと、持続時間のほどはいかほどで?」
「ゴーレムと同じよ。周囲の魔力を吸ってるから無茶しなければ永続」
「素晴らしい。値段の方は任せて頂いても?」
「構わないわ。できたらゴーレムよりは安くなさいね」
「かしこまりました」
とんとん拍子で話は進んでいき、私は見てるだけだ。
まあ、まだ婚約者の段階だし考案者とはいえ領地の商売に口を出すのもね。
それで二人が話してるところを見ながらのんびりしていると、部分型ゴーレムについての話は終わった。
ここからは私の趣味の話だ。
「マリア様。こちらが希望されたリバーシ……を我々の解釈で作ったものです」
そういって手元に出されたものは確かにリバーシだ。木製の台に袋に入った数十枚の岩を丸く平べったく研磨した手間のかかった駒。
しっかり半々を白黒に塗られている。
「トランプ? の方は納得のいく材質の紙が見つかりませんで」
「これだけきちんと塗れるなら薄くした木材でもいいかもしれない」
「左様ですか。ではそのように」
それに興味を持ったガリィが話しかけてきた。
「なによこれ?」
「おもちゃ。娯楽品」
「娯楽? こんなものが?」
「ルール簡単だから遊ぼう」
「アキンドルが帰ったらね」
そんな話を聞いて、アキンドルは笑った。
「いや実際シンプルなルールですがなかなかどうして頭の体操になりますな。こういう娯楽はこの国では珍しいものかもしれません」
「そうなの?」
「はい、私が知る限りでは。あとは元々のお話にもありましたようにこれを量産しまして、売らせて頂ければと思います」
「任せる」
「かしこまりました。ではこの辺りで失礼致します」
という事で商人も帰ったので、ガリィと遊ぶことにする。
しかし、そこで待ったがかかった。
「これ、どこでも遊べるわよね?」
「この台がおければどこでも」
「じゃあ温室でやらない? まだ案内してなかったわよね」
という訳で部屋にいた侍女達に台と駒を持たせて移動。
そこは赤い薔薇がこれでもかというくらいに咲いた、派手な場所だった。
小さなテーブルが何か所にもおかれ、ここで小さなパーティでも開くんだろうなという事は容易に想像がついた。
ガリィはその中の一つの椅子に座ると、隣に椅子を置いた。
「……対面でやるものなんだけど」
「あら、そうじゃないと出来ないの」
「そういうわけじゃない」
「じゃあいいじゃない。アタシ、マリーが近くにいる方が嬉しいわ」
そう言われてしまっては仕方がない。置かれた椅子をさらに近づけて、ぴったりと寄り添った。
体温すら感じるその距離に、戸惑ったのはガリィの方だった。
「マリー? 流石に近過ぎよ」
「近くにいる方が嬉しいっていったのはガリィの方」
「そうだけどね……」
侍女も楽しそうにテーブルの上に台と駒を置いた。
台に白黒二つずつの駒を置き、ルールを説明するとガリィは唸った。
「なるほど、分かりやすいわ」
「じゃあ、やってみよう」
「受けてたとうじゃないの」
そうして始まった最初の戦いは、私の勝ちだった。
「……なかなか悔しいわ」
「角は取られないから、狙うと良い」
「なるほどね」
そんな風にアドバイスをしてやると、やはり向こうは上位貴族。すぐにいい勝負をするようになってきた。頭の出来が違う。
こっちは地球からの転生者だったのでリバーシを知っているというだけで、別にやり込んだりしてたわけではないのでリバーシ初心者みたいなものだ。
だから普通に何回か負けるようになっても当然なのである。少ししか悔しくない。
とはいえ真剣勝負というほどガチってる訳ではないのだ。ガリィにぴっとりと寄り添いながら、薔薇を鑑賞しながら雑談なんかをしてのんびり過ごしている。
「マリー、この屋敷には慣れた?」
「わりと」
「そ。ならいいわ」
「また一緒に楽器演奏もしようね」
「いいわよ」
そんな感じでゆったりとした時間が流れていく。
「そういえばアタシの知らない、やけに激しい曲演奏してたけど、作曲したのかしら」
そういや部屋でアニソン演奏してたっけ。
「あれは私の作曲じゃない。リバーシも考案は私じゃない」
「へー。じゃあどこの誰かしら」
「知らない」
ガリィは私のその発言に首を傾げた。
「じゃあどこで知ったっていうのよ」
「私には前世の記憶がある。そこで知った」
「へー、そんなものあるのねえ」
リバーシは劣勢だった。あくまで少ししか悔しくないが、悔しいものは悔しいので動揺を誘う為に爆弾発言をしてみたのだが。
「……あんまり驚かない?」
「そうねえ、あんまりよく分かってないかも」
そんな事を言うので、色々と説明してみた。貴族社会でないことや、魔法が無い事。電気を使ったあれこれが便利だったという話など、様々だ。
「ふうん、その知識をうちで使うつもりはどのくらいあるのかしら」
「割と色々やりたいと思ってる。本格的なあれこれは結婚してからかな」
「今すぐじゃなくていいの?」
「男爵令嬢に過ぎない今、あんまりやりすぎるのもね」
「考えてるのねえ」
受け入れ過ぎではないだろうか。さすがオネエ、懐が広い。
「ちなみにこの話は親にもしてない」
「あら、アタシがはじめて? 嬉しいわ」
「前世があるとか言い出して、変だと思わない?」
「変なのはお互い様よ」
なるほど、そういう考え方か。
ガリィ自身が変人扱いされてきたから、他の人が変わってても受け入れる土壌があったという事なのだろう。
「ちなみに」
「ええ」
「この話をしたという事は一生一緒にいるつもりだということ」
「嬉しいわ」
「結婚しよう」
ガリィがむせた。
「ちょっと! そういうのはこっちから言うわよ!」
「いや……なんかずっと婚約のままずるずる行きそうで」
「否定はできないけど! 婚約者としての関係でゆっくり愛を深めていきたいと思ってるのよ」
ガリィにも考えがある、という事のようだ。
リバーシの勝敗は均衡しているように見える。
「んー、そっか」
「分かってくれた?」
「まだ私には胸が足りないか」
ガリィがまたむせた。
「なんでそんな話になるのよ!」
「この子供ボディで夜の生活が大変だからよくないのかなと」
「言ってない、そんな事は言ってないわ」
「じゃあ今の私と夜の生活できる?」
「できるわよ!」
それもそれでどうなんだ。十歳ボディだぞこっちは。
気付いたのか、ガリィは顔を赤らめた。
うひょー、オネエに逆セクハラ楽しいー。
「でも私は胸が大きくなりたい。巨乳がいい」
「好きになさいよ……」
「なんかいい方法しらない?」
「知らないわ……男のアタシに聞かないでよ」
もっともだ。
「ガリィは結婚する相手の胸は小さいのと大きいのどっちがいい?」
「別に……胸で女性を選んだりはしないわ」
優等生だなあ。本当、オネエでさえなければこの世界でめっちゃモテてたはずなのに。
「アタシはね、アンタがいいんだってば。アタシでいいって言ってくれたアンタが好き」
こっちも相手がいなくて困ってたから出ただけの言葉なのに……そこまで言われると照れる。
「子供だって、作れなくてもいいもの。養子でも構わない。マリーが危険に晒されるくらいならね」
参った。逆セクハラしてたら真面目な話をされてしまった。
「だから、ずっとアタシと一緒にいて頂戴。お願いね」
そう言ってウインクを一つ。私の負けだ。
リバーシもまた、私の負けで勝敗がついていた。