3.私が伯爵家の領地に辿り着くまで
馬のゴーレムの牽く馬車には我がトワネット家に対する贈り物がいくつも載せられてきていた。
絵や彫刻といった大きなものから、装飾品といった小さなものまで様々だ。
やってきたメイドが言うにはこれらは別にいらないなら売り払ってもいいと言う。太っ腹な事だ。
とはいえ一度はうちの屋敷の中に運び込まれる事になる。その時に重そうな芸術品をひょいと持ち上げてみせたバルトロメオ家からやってきたメイド達は恐らく貴族なのだろう。身体強化の魔法が使われている。優秀な事だ。
それが終わったら今度は逆。私の持っていきたい荷物を馬車に詰め込む。といっても大して量は無い。伯爵家に着ていけるような立派な服なんて大して持ってないし、アクセサリーもそう。
どれを着て行っていいのか、父や母と相談しながら、貰った装飾品を早速私のものにしたりしながら、貴族として恥ずかしくない程度の最低限の荷物だけ積んで出発だ。
ゴーレムの馬車の移動は早かった。
贈り物だった荷物が大きく減ったのも功を奏したようで、来た時よりもよほど早いのだとメイドの一人、クロウハが言っている。
私からすると、そもそも馬車の性能がいい。揺れが少なく、いつまでも乗っていられるようだ。
というか、実際いつまでも乗っていたのだ。疲労というものがないゴーレムの馬車に休憩は無い。食料の補給とトイレ休憩以外の時間はすべて馬車移動に充てられていた。
なんでも魔力で動いているのが馬ゴーレムらしく、一度魔力を補給してやればしばらく前進するらしい。とはいえ融通が利かないのが難点で、曲がる時や止まる時はいちいち指示をしなければならないから手間らしい。
いやあ、それを差し置いても優秀だと思うわ。普通の馬だって手綱で指示ださなきゃならないわけで、デメリットかって言ったらそうでもなさげ。
ちなみにこの馬ゴーレム、最新式らしい。何度もの試用をこなして問題ないと判断されたため、今回送迎に使われたとか。
その便利さと言ったら、本来二週間ほどかかる道のりを十日でこなしたと聞いている。
なんでそんなに距離があるかというと、うちのトワネット家とガリィのバルトロメオ家は学園のある王都を挟んで反対方向に位置しているからだ。
つまり王都に来るよりも時間がかかるということ、なのだが。その快適性といったら別格だ。この馬車を借りられればまた実家に帰ってくるのも楽だろう。
そのくらい楽だと、馬車内でも会話は弾む。
ごめんちょっと盛った。あんまり喋る方じゃないのでぽつぽつ話した程度だ。
「ガリィってどんな人?」
そんな質問に答えてくれたのは緑の髪をしたメイド、クロウハだ。
「優秀な方ですよ。領地を富ませるために力を尽くしておいでです。ゴーレムづくりだって考えられたのはガリウス様ですからね」
それはすごい。私は暴力しか魔法の使い道を考えていなかったが、彼は生活を豊かにするための方法を考えていたのか。
「ガリィの私生活はどんな感じ?」
ピンク髪のメイド、ハアトがそれに答えた。
「芸術品を愛する方ですよ。ちょっと浪費癖が激しいところがあるので……奥様からも一言、言ってもらえればと思います」
奥様って。そりゃ婚約者なわけだし最終的には結婚するわけだけど気が早いなあ。とはいえ、この招待自体がこのまま結婚まで持ってくつもりの計画のようだからそうでもないのかな? 私は一つ頷くと、会話を一度切った。
一つの馬車に、私と、私についてきたユリン。そしてクロウハ、ハアトとあと二人。ダイアとスペートが乗っている。
他の馬車を操るものはいない。なんと先頭の馬車に命令をリンクさせてすべての馬車を動かしているとか。
そんな仕組みまで作れるのはとんでもないな。ガリィの手伝いをするってのは大変かもしれない。
ユリンは結構馬車の中でバルトロメオ家のメイドと話しているのを聞く。ユリンは平民なんだけど、こっちのメイドさん達は魔法を使うから恐らく貴族。その割には結構気さくそうだ。
「四人は貴族だよね。男爵令嬢が自分の上司に嫁ぎに来られる事をどう思う?」
答えたのは私と同じ黒髪のスペート。
「んー、まあガリウス様が婚約できただけめでたいと思いますよ。使用人としての分は弁えるつもりです」
「未だにガリウス様の女言葉を聞くのはちょっと……嫌なので。むしろ指示出すのがまともな奥様ならいいかなあと」
辛辣なのは赤髪メイドのダイア。私もまともかと言われると怪しいところだ。なにせ見た目はロリである。
「それならちょっと格好いいところでも見せた方がいい?」
「そうですねえ。なにかあるなら是非」
「じゃあ盗賊でも退治しよう」
「え、今から盗賊探すんですか?」
そうではないのだ。
「違う。今まさに盗賊らしき反応がある。囲まれてるけど、この馬の無限のスタミナなら振り払える」
「お嬢様、危険な事は……」
ユリンが私を窘めるが、こっちはやる気満々だ。
「もう我々の領地に入っているのに盗賊だなんて。しかもこの馬車の群れを狙う?」
クロウハが驚いた様子を見せる。
「でも今は夜ですよ。奥様を危険な目に合わせるわけには」
「というか探知魔法でもずっと使ってたんですか。我々は気付きませんでしたが」
馬に魔力も与えなきゃならないし、この四人のメイドに探知までしてもらうのは厳しいだろうね。ユリンも平民だし、大した魔法は使えない。
「じゃあトイレ休憩って事にする。馬止めて」
「……かしこまりました」
「それでダイア、ハアト、クロウハ、スペートは穴掘ってて」
「トイレの穴ですか? 本当に盗賊が来てるならそんな場合じゃ……」
「違う。死体埋める穴」
私が無表情でこういう事言うと本当怖いらしい。ちょっとみんな引いてた。
それで、馬を止めてもらってちょっとしたら矢が飛んできたのでそれを破壊する。
私の持っている光魔法の松明目掛けて飛んできては空中で折れていく矢の数々。なるほど、これは矢に魔力が込めてあるね。とはいえ、この魔力の質の悪さは平民のものだ。
そういう、かじった程度に魔力を持ってる相手っていうのは一番楽。
「今だ! 奪え奪え! さっさと奪ってさっさと逃げる! いつも通りにやりゃいいんだ!」
「うおおおおおお!」
そうして雑に牽制のつもりで撃っていたのか知らないけれど矢の雨は止み、近づいてくる盗賊の命をさっと奪う。誰も馬車に触れる事も出来ずに血を吐いて死んでいく。
不審な死に方をしていく盗賊どもを、メイド達に指示を出してどんどん埋めてもらう。死んでいくペースが早すぎるので魔法で穴を作り始めたメイド隊。
お、魔力が使える盗賊の弓兵隊が近づいてきた。
ぱぁん、と破裂していく盗賊達の内臓、筋肉、骨。即死だ。
一番強いやつだけ生かしておいた。強制的にこちらに歩かせてやる。
「なんだこれは……なんだこれは! 手下共はなんで死んだ! 今日は魔法が冴えていた! そのはずなのに! 俺様はなんで武器も持たずに獲物に近寄ってんだ! 訳が分からねえ!」
そうだね。訳分からないよね。
そういう魔法だから。
生かすも殺すも私次第。ある程度距離が近ければ大体の事はなんでもできる。そういう魔法だ。といってもある程度の範囲は広いんだけど、今回は死体の回収の関係上近づいてきてもらった。
バルトロメオ家のメイド達にもいいところ見せなきゃだしね。遠くで死なれても困る。
ああ、でももしあの矢に魔法がかかってなかったら危なかったかな? なんてね。
「ダイア」
「はい」
私は死体を埋め終わってこっちを怪しいものを見る目で見ていたメイドの一人に話しかけた。
「魔法使ってくるような盗賊って結構大物? 憲兵に突き出すべき?」
「貴族の馬車を狙うあたり、ある意味大物ですが……我々の馬車に乗せるのも嫌ですよね」
「じゃあ殺すね」
「かふっ」
吐血。盗賊の親分らしき人は死んだ。
「じゃあ埋めといて」
「……かしこまりました」
一礼して、命令を聞いてくれるダイア。
私は一足先に馬車に乗り込んで、中に乗ってたユリンの元へ。
「ど、どうなったんですか?」
「全員死んだ」
「お嬢様が? やったんですか?」
「うん」
「いつの間にそんな力を……」
そりゃ学園で散々学んだからね。こうも出来ようというものだ。伊達に身体の成長を捨ててまで魔法に傾倒していない。
「マリア様はお強いのですね」
盗賊の片付けが終わり、乗り込んで来たメイド隊。その中でスペートが震える声でそう言った。
「魔物相手でも同じ事できるよ。バルトロメオに魔物被害でたら同じように殺せる」
メイド四人は私に深々と礼をする。
「同じ貴族として、力ある者に敬意を」
好感度アップかな? 魔女とか思われなくてよかったー。でも盗賊いじめして、したり顔するのよく考えたら恥ずかしいな。気を付けよう。
その後は夜中になったのでメイド隊が交代で仮眠を取りながらゴーレム馬に魔力を送り、先頭の馬車に指示を出していたらしい。
私はお客様なので普通に馬車の中で寝た。その間にバルトロメオの領地に入っていたらしい。
「あ、奥様! あれ見てくださいあれ!」
私を奥様と呼ぶハアトに言われて窓の外を見れば、清々しい朝だ。そして、手の示す方を見てみれば人型の岩人間……ゴーレムが農作業をしていた。
「バルトロメオ名物! ゴーレム作業ですよ! 簡単な指示なら出せるので老人でも安心! 力仕事とかしたくない人でも土地さえあれば気楽に農作業! おかげで最近は他の領地に輸出するほど食料があります!」
それは大したものだと思う。やっぱり民を飢えさせない事が貴族には大事だよね。
「ガリウス様のゴーレムを活かした領地運営! そこに奥様の暴力が加われば無敵じゃないですかね!」
「ハアト」
ダイアがハアトを窘める。言い方良くないぞ、という事なのかもしれないが。まあ事実である。私は本当に攻撃的な結界魔法がメインで器用な魔法は特に何が出来るって訳じゃないからなあ。
そうして、領地に入ったと明らかに分かる街道を行けば、さらに移動は早くなった。
あっという間に伯爵家に辿り着き、その広さに圧倒されながら荷物の運搬が始まる。
私達がここまで辿り着いた事に気が付いたらしく、学園の時にあったようなラフな格好ではないきちんとした衣装の伯爵様がやってきた。
「マリー! いらっしゃい、アンタが来るのをアタシ楽しみにしてたのよ!」
でも、そんな恰好をしていても、ガリィはガリィだった。相変わらずのオネエ言葉で私を歓迎してくれる。
「ガリィ、会いたかった」
私がそう言うと、彼は私を持ち上げて、頬と頬をくっつけた。
「アタシも! もう離さないわ! アタシの婚約者!」
あ、この男やっぱりこのまま結婚するつもりだな。
そんな事を思ったりしたが、むしろ望むところであるとさえ思っている自分がいた。