2.よく考えると相手の事あんまり知らない
卒業パーティの終わった翌日。
それぞれが昨日の晩から下男や侍女なんかを寮の部屋に入れて支度をはじめ、身分の高い者から順番に馬車に乗って帰っていく。
だから私みたいな男爵家の娘は帰宅できるまでに昼までかかってしまった。
準備終わるのは私みたいな身分の下の方からなんだからさっさと帰らせてくれないかな。
それはともかく、今私は実家から送られてきたユリンというメイドと一緒に馬車に揺られて帰宅している。
ここから一週間ほど、馬を休ませながら領地まで帰還するという事になる長い旅だ。
馬車というのは、なんというか質が悪いものである。前世でも他人の運転だと車酔いする方だったのだがこの身体もやはり厳しい。
なので魔法使って身体強化。三半規管を強化しておく事で平気ですって顔をしておく事にする。入学前の私では出来なかった技術で、自分が学園に通った事による成長を確かに感じていた。
「それでお嬢様……ご婚約の方は……?」
それまで普通に話していたユリンは、危険と判断しつつも踏み込まずにはいられないと言わんばかりに私に問いかけてきた。
「お父様にはいい報告ができる」
そう言うと、彼女は明らかに明るくなった。
「そうですか! 安心しました。お手紙では五年目になっても婚約者が見つからないと聞いて、従者一同不安になっていましたよ」
貴族学園……魔法学園とも呼ばれるそれは五年制だ。十歳から始まり、十五歳で卒業。とはいえ家庭教師をつけて学園に入る前からある程度知識をつけてから学園に行くのが基本。
貴族らしくダンスを学んだりテーブルマナーを学んだりしながら、貴族の義務である魔物退治ができるように魔法を特に重点的に学ぶ。
ここでマギス先生に相談して、それはもう危険な魔法を完成させたのだが、これの一部が周囲から不評を呼んだ。
「魔女のそばでは魔法が使えなくなる」「魔女の機嫌を損ねれば永久に魔法を封じられる」だとか散々言われた。
貴族の学校、魔法の学校で魔法が使えなくなったら大問題なので私が避けられていた理由だ。
ちなみに庶民の人々も独学で魔法を使えるようになったりもするが、体系化された授業で学んだ貴族に勝てないというのが常識。
マギス先生のところの初代様。ウィリアムみたいな例外でもない限りは平民というのは魔法という点において貴族に勝てないというのは勿論、身体強化の魔法も学ぶので肉体的にも勝てない。
それに武術も学ぶしね、学園で。貴族ってのはあらゆる面で平民を超えてなければならない。舐められちゃいけないのだ。
逆に言えば、貴族を超えるような能力を持つ平民。特に冒険者なんかはこの貴族越えを狙っていく。上手くやれば貴族としての一番下の騎士爵くらいは貰えるからだ。
そこでさらに才能を見せればさらに上だって狙える。実力主義なところもある。
でも基本は貴族主義。教育のレベルが高いからね。
貴族を超える平民なんてそうそう出てこない。
「それでお嬢様。お相手の方と顔合わせはお済ませになられたのですか? どんな方でした?」
ユリンがテンション高めに詰め寄ってくる。まあ一言で言うなら……
「オネエ」
「おね……? なんです、それ」
オネエを知らんのか。まあ確かに珍しいが。
「女の人の口調で喋る男の人の事」
ユリンの顔が明らかに歪んだ。
「ええっ、それは。随分と、特徴的といいますか……」
言いあぐねてるがドン引きだ。そんなに嫌か? オネエ。
「ユリンはオネエな男の人に会った事ない?」
「ありませんよ! もしいたとしても、お屋敷では雇われないでしょうね。あまりにも、その」
うーむ。何がそんなに嫌なんだ? というか、もしかして。
「オネエって言葉が浸透してない?」
「するわけないじゃないですか! 男の人がわざわざ女の喋り方を真似するなんて、考えられません!」
男尊女卑気味だからな、この世界。
わざわざ男が女の真似してたらおかしいのか。
てことはオネエっていないの? ガリィだけ?
「ちなみに伯爵だよ」
「は……! マリア様。伯爵様にはどうかこの事はご内密に……!」
男爵家のメイド如きが伯爵非難は出来ないよね。仕方ない仕方ない。
「というかマリア様! 伯爵様とご婚約を!? いったいどんな縁で!?」
「学園の先生が紹介してくれた」
「それは良縁を……。良縁……? その先生に騙されてませんよね? 嫌われてませんでした?」
伯爵でもオネエは嫌か。
優しいんだけどね、誤解されがちらしい。
「先生とは仲が良かった。騙すような事はないと思う」
「じゃあ一体どこの誰なんですか? そのオネエ? って伯爵は」
「ガリウス・バルトロメオって言ってたよ」
「バルトロメオ家!? 芸術とゴーレムの都の!?」
なんだそれは。私の知ってる学校で習ったバルトロメオ家と違う。
「鉄鉱石を産出してる、武器の産地でしょ?」
「情報が古いですよお嬢様。今や鉄はおまけ。ただの石をゴーレムに加工し、従者として操っているそうです。で、そのゴーレムをより綺麗に加工するのに彫刻の芸術家が集められ、それに続いて他の芸術家も集い始めて芸術とゴーレムの都として今大注目を浴びているのが領地バルトロメオというわけです」
へー、知らなかった。
「ゴーレムってどんなの?」
「人間を模した岩らしいですが、詳しい外見は分かりませんね。なにせ実際には見た事がないので」
「ふーん。確かにうちにはゴーレムなんてないよね」
「材料は岩ですが、生産技術が秘匿されてて高いですからね。男爵家ではとてもとても。でもお嬢様が縁を繋いでくだされば我が領地にも入ってくるかもしれません」
領地かー、手紙でたまに話だけ聞いてたけど五年間帰ってなかったからなあ。どんな感じになってるのか。話題を変えるとバルトロメオ家の話はそこで終わった。
で、一週間かけて帰ってきましたよ我が家に。
腐っても貴族。前世の家に比べれば立派なものなんだけど、貴族的には貧乏の範囲に入るらしい。
学園に入る前なんかは交流のある家なんかもあって、他の貴族の家と比べると確かにちょっと質素かもしれない。
今は友達いないからね。あっはっは。
そんな自虐ネタに私の表情筋は僅かに動いた。感情の表現が、表現が浅い……!
「おかえりなさいませ、お嬢様」
そんな私の薄い笑みを帰ってきた喜びと判断したのか、エントランスでユリンは歓迎の笑みを浮かべて私を私の自室へと案内してくれた。
「お館様もお嬢様の帰宅を今か今かとお待ちですよ」
お父様か。婚約出来てよかったよ本当。友達できないだけでも貴族の縁繋ぎとして問題あったのに婚約まで出来なかったら本当怒られてたんじゃなかろうか。
私は密かに自慢のロングヘアーの黒髪をユリンに梳かされながら父に思いを馳せる。
学園に入ってからの五年間、一度も帰ってなかったからな……帰宅するのに一週間は遠いって本当。馬車の質も悪いしあれで往復二週間は無理すぎる。
手紙はやりとりしてたから元気らしいのは知ってたが、やはり直接会えるのは嬉しいものだ。
「ではお嬢様。執務室に参りましょうか」
着替えなどを済ませ、父の元に。何か小言を言われても婚約の約束は取り付けましたで乗り切ろう。
「お館様。マリアお嬢様がお見えです」
「通せ」
入室の許可が出たので私はユリンに先導されてお父様の執務室に入る。
「よく無事に帰った。まず、それはよかった」
「はい。私も、お父様にまたこうして顔を見せられたことを喜ばしく思います」
「うむ。随分と魔法を鍛えたと聞いている。魔女と呼ばれ、周囲と溝が出来るほどだとな」
「……」
やっぱりそこに関しては一言あるか。仕方ない。私は沈黙して続きを待つ。
「とはいえ、お前は昔から勘違いされやすい大人しい娘だった。問題は無いわけではないが、今回大事なのはこれだ」
お父様はそういうと、手元のテーブルから手紙を一枚持ち上げた。
「婚約の打診が来ている。お前とも話していると聞いている。その相手が問題だ」
ガリィが何か……?
「男のくせに女の真似事をする変態貴族だと聞いている。それが伯爵と来たものだから世も末だ。断るにも断れん。よくもまあ、とんでもない男に目をつけられたものだ」
いや、口調が女なだけなので。害は無さそうです。あんまり知らないけど。
「娘を変態にやらねばならない父親の気持ちが分かるか? 分からんだろう。とはいえ、辛いのはお前なのかもしれん。そう考えると私も文句も飲み込まねばならぬと思っているし、もしかしたらお前は全てを分かったうえで少しでも爵位の高い相手との婚約を結んでくれたのかと思うと、貴族としてはお前に感謝をしなければならないのかもしれない」
いや、マギス先生の紹介だったのでそういうの考えてなかったです。偶然です。でもなんかいい感じに話がまとまってるから黙っておこう。
お父様、こういう自己完結する癖があるから黙ってるのが正解なんだよね。
というかこういう父親を相手にしてたから私は寡黙に育ったのでは?
「とはいえ……お前は見た目にはほとんど成長していない。五年前のあの頃からだ。そんな幼いお前を見ていると、まだ私が守ってやらねばと思ってしまうのも無理はないだろう」
それに関してはまあ、わざとじゃないし。
魔力の鍛え過ぎが身体の成長より魔力の成長につながるなんて知らなかった。むしろ適度な魔力の成長は身体の成長にもいいって授業でやってた。
魔法の強化を過度にやったのは故意だけど。したかったなあ、成長。
「だというのに、だ。バルトロメオ伯爵から迎えにくると手紙が来ている。
お前をバルトロメオの領地に招待したいそうだ。遊びにこないか、という内容だが。気に入ったらそのままこっちで暮らさないかという提案付き。
お前を逃がすつもりはないのだろうな。ずいぶんと気に入られたものだ」
ずいぶんと手回しがいいなあ。とりあえずお父様を安心させるか。
「……伯爵様はオネエなのです、お父様。口調が女なだけでそれ以外は普通かと」
「充分すぎるほどに変態だよ。少なくとも私は一度もそんな相手にあった事は無い。結婚式で会う事になると思うと、今から表情筋を鍛えて無礼の無いようにしないとなぁ」
お父様は溜息を一つ吐いた。
そうか、やはりオネエというものは存在しないのか。
「そもそも、だ。本当にそれだけだと言えるのか? 長い付き合いなら手紙に書いて私に寄こしているはずだ。短い付き合いなら本性を隠してる可能性はあるだろう」
確かに。私はまだガリィの事をあまり知らない。
でも悪い人間ではないと思ってるし、むしろいい人そうに思えた。
お父様は辛そうな顔で、気をつけろよと言って話を締めくくる。
その後はお母様に会ったり、兄や弟、妹に会ったりしながら久しぶりの実家を満喫した。
そして一週間ほど経った頃だろうか。
バルトロメオ家からの使い馬車がトワネット家にやってきた。四人のメイドを乗せたその大型の馬車の群れは御者がおらず、馬を模した岩で出来ていた。
ゴーレム、人型だけじゃないんだね。
これに乗って、バルトロメオの領地へと遊びにいくのだ。
もしくはそのまま結婚。気が早い気もするが相手はそのつもりがあるようで。
なんにしろ、支度は侍女や下男に任せて会いに行きますか。ガリィに。