1.出会い
黒髪赤眼、幼い容姿に凶悪な魔力。無表情で寡黙な暗い女。
それが今世の私だった。
元々日本で暮らしていたはずなのだが詳しい事は覚えていない。
大事なのは今。男爵家の長女として婚活せにゃならんという事である。
だが、学園に通っている間はついぞ婚約者ができなかった。
原因は最初に語った諸々である。
黒髪赤眼はいい。問題ない。
幼い容姿。これはほどほどだったらそういう趣味の人にはいいのかもしれないが、残念ながら貴族の通う学園卒業だっていうのに未だに小学生みたいなボディ。他の人は高校生くらい。みんな成長早い。
駄目でしょ。というか子供産めなさそうって裏で言われてる。これは貴族にとって大問題である。
次に魔力。これは高いに越した事無いと思うのだが、まあ……女に負けるのはちょっとプライドに傷がつくって男も多いし、私の魔法は本当に凄いのでびびられるのだ。
で、無表情、寡黙。そんな暗い女である。心の中ではこんな風にめっちゃ喋ってるんだけど。見た目や魔法と合わせてそんな調子なので、学園では魔女なんて呼ばれてたりする。
魔女ってのはやばいやつの総称なので同級生からの扱いは良くない。先生達からの覚えはよかったり悪かったり。
だーめだわこれ。とはいえ学生の間に鍛え上げた魔法と生まれ持った性格や体格ばかりは治せん。
それで、今は卒業パーティの真っ最中。ここで婚約者見つけられないようなやつは瑕疵物件扱いなので男子も女子も最後のチャンスと言わんばかりに必死に相手を見つけてる。
ちなみに八割以上の卒業生はもう相手を見つけているのでダンスなんか踊っちゃったりなんかして楽しく過ごしている。
そんな中、私は人を待っている。学園生活で良くしてくれたマギス先生が婚約相手を紹介してくれるというのだ。
ありがたい……もう少しで実家に帰って家族の脛かじって生きていくところだった。
ふと周りを見れば、周りにはスペースが空いている。私を恐れての事だ。誰も私に近寄らない。
だから逆に近寄ってくるような相手はよく見える。マギス先生がシャツの上にコート一枚という貴族とは思えない程ラフな格好の背の高い男の人を連れて寄ってきた。あれが私の婚約者候補か。
紫の髪、眼。目つきはちょっと怖くてヤバそうな感じがしないでもないが、あれだけ私の使う魔法を鍛え上げてくれたマギス先生の推薦する相手だ。悪い人ではないだろう。結構、いやかなりのイケメンだ。相手がいないのが不思議なくらい。そう考えるとやっぱ瑕疵物件かも。
「待たせたね。マリアくん。こちらガリウス・バルトロメオ伯爵だ」
そう言ってマギス先生は手に持っていた飲み物をこちらに渡してくれた。
伯爵……伯爵!? その格好で!? うち男爵家なんですけど! 嫁げるの!? 家の格差!
などと思っていたら、あちらから声をかけてくれた。彼は膝を曲げてかがんで、私達は見つめ合った。そして笑顔を浮かべてくる。
「はぁい。アナタがアタシの婚約者になってくれるって子? 魔法に関しては大した才能を持ってるってこっちのマギちゃんから聞いてるわ。にしてもちっちゃいわねえ。かわいいわ」
お、オカマ? オネエ? どっちだ? 困惑していると、彼の笑みが困ったようなものになる。
「ごめんなさいね。アタシ、こういう喋り方だからびっくりしちゃうわよね。今までのお見合い相手もそう。だから婚期を逃しちゃって。だから今回こそは……と思ったけど駄目よね」
そう言って立ち上がろうとする彼のシャツを飲み物を持っていない方の手で引っ張って体勢を無理矢理維持させる。
「一つ聞きたいの」
彼は驚いたようだが、その無礼に嫌な顔一つせず、こちらの無表情な顔を真剣に見つめていた。
「伯爵様は男が好きなの? 体裁の為に妻が必要なだけ?」
ちょっとむっとしたような顔でガリウス伯爵は答えた。
「違うわ。この喋り方はお姉様の影響……だったと思う。自分らしく話すとこうなっちゃうのよ」
「そう、なら大丈夫。婚約したい」
私は掴んだシャツを離すと、そう告げた。
「いいの? 確かにアタシは伯爵だけど、こんなんだから印象悪いのよ? アンタがさっき言ってたみたいに、男が好きだと勘違いされたりも多いし」
「印象悪いのはお互い様。この幼い容姿もそうだし、学園では魔女って呼ばれてた」
「知ってる。マギちゃんから聞いたわ。優秀なんですってね」
マギス先生は子爵家の人間だ。
フルネームはマギス・ウィリアム。名前みたいな苗字をしているのは、ウィリアム家が平民だった頃、ウィリアムという優秀な魔法使いがこの国で頭角を現し、貴族の位を与えられた時、その名前であるウィリアムを家名としたからだ。
それからウィリアム家は貴族となり、当代のマギス・ウィリアムは学園で魔法に関する授業を受け持つ教師をしている。
「魔法に関しては、マギス先生のお墨付き」
「うちは魔法に関する事業やってるから、手伝って貰う事になるかしら。ふふふ、楽しみね」
と、ここまで状況を沈黙して見守っていたマギス先生が声をかけてきた。
「マリア・トワネット嬢の魔法は凄いよ。その魔力の質もそうだが、発想が凄いんだ。その辺の魔物は当然だが、人間も大抵の相手はマリアくんには敵わない。そういう仕組みの魔法になっているんだ」
魔物。そう、この世界には魔物がいて、人間を襲う。こういったものに対する対処も貴族の仕事だ。とはいえ平民も冒険者になったり兵士になったりで退治を請け負う事もあるが、そこに金を出すのは結局、貴族のやる事業である。
「その仕組みってやつ気になるんだけど……教えてもらえないのかしら」
「これは私とマリアくんの間での秘密さ。ガリィも仲を深めて教えてもらうと良いよ」
「ガリィ?」
私がそう呟くと、ガリウス伯爵はこちらに笑顔を向けた。
「アタシのあだ名よ。ガリウスはちょっと物々しすぎて可愛くないから、仲の良い相手にはガリィって呼ばせてるの。アンタもそう呼んでいいわよ。婚約者だものね」
「じゃあ私も。マリーでいい」
「そう、マリー。アンタの魔法の秘密、教えてくれる?」
そう言われると困る。
なにせこの切り札は迂闊に広めるとやばい代物なのである。
婚約者、婚約者になら教えてもいいのだろうか。うーむ。
などと迷っていたら、ガリィはこちらの頭にぽんと手を置いた。
「ごめんね、困らせちゃったわね。じゃあ結婚したら教えてくれるかしら」
それならいいか。
私は一つ頷くと、両脇から手を入れられて持ち上げられた。
「素直で可愛いわ、あなた。アタシ、可愛い子は大好きよ」
私もガリィが好きになっていた。動作の一つ一つが私に好意的で、こんなに優しくされたのは家族以来かもしれない。
「私もガリィ好きかも」
持ち上げられ、空中でぶらぶらされながら、さらに回転まで加えられた。
「嬉しい! じゃあトワネット家にバルトロメオ家から正式に婚約の打診送るから、いい子で待ってるのよ!」
ちょっと目つきの悪い、イケメンオネエな彼との出会いはこんな感じだった。めちゃくちゃ子供扱いされてる感じはあるけど、そこには確かな優しさがあって……それは、貴族の学園で魔女と呼ばれ、恐れられていた私にはとても染み入るものがあった。