手作りチョコレートに挑戦!
自室に帰るとターニャが報告してくれた。
「今日はチョコレートの日、なんだそうです」
コテンと首を傾げた。
何だそれ。初耳。
私の様子に、ターニャが補足してくれる。
「ここ数年、街で流行ってるイベントだそうです」
「…そうなんだ」
知らなかった。
ここに来る前の二年くらいは、王宮に住んでいたから街に行く機会がなかったし、去年の今頃この領地に来たけどバタバタしてたから…。
「まだそこまでメジャーなイベントではないらしいんですけれど」
なるほど。流行りかけのイベントか。
でも王子はそんなのどこで聞いてきたんだろう?っていうか何するイベントなんだろう。
「何でも、女性が好きな男性にチョコレートを贈るんだそうです。片想いでも、恋人や夫婦でも」
「………………」
それを聞いて納得した。
王子は割とそういうのが好きだ。恋人とか夫婦とかのイベントが。
つい先日も、私が記念日を忘れていた事に大いにショックを受けていた。
…………私が、結婚記念日を忘れていたから。
……忘れてたというか、わざわざ祝うものだとは思っていなかったのだ!
そうターニャに弁明したら、無言で首を横に振られた…
だ、だって…もう結婚したし…ずっと一緒にいるつもりだし……だから別にわざわざ祝わなくったって……
と思ったのだけれど、どうやらそういうものでは無いらしい。
こう、毎年祝う度に愛がどうのこうのと……
いや、それはともかく挽回のチャンスだ。
つい先日がっかりさせてしまったばかりなので、今回は何とかしたい。
王子の喜ぶ顔なら、何遍だって見たいのだ。
「チョコレートを渡せばいいの?」
それなら簡単だ。メイドの誰かにちょっと行って買ってきてもらえばいい。
「それが…」
ターニャが言いにくそうな顔になった。
「『本命チョコ』は手作りじゃないといけないそうなんです」
「???」
『本命チョコ』?
なんだそれ。
「本当に好きな相手に贈る『本命チョコ』と、いざという時の保険にキープしておきたい男性に贈る『義理チョコ』があるそうです」
またターニャが補足を入れてくれた。阿吽の呼吸というやつだ。
でも……
面倒くさっ…
と思わず頭を抱えた。
王子は絶対に、そういうの気にする。買った物、しかもメイドに適当に買ってきてもらった物なんて渡したら、絶対にしょんぼりする。
「そんな細かいルールは知らないだろう」と気軽に手を抜いたら、知ってた場合絶対に落ち込む。もの凄く!
でも、私は料理なんてした事がない。
料理人がいる家に育って、料理なんてそうそうするわけがない。だって頼めば何もしなくても美味しい料理が出てくるんだもの。
犬の餌について料理長に相談した事ならあったけれど、手は一切出さなかった。
それなのにどうしろと言うんだ。
初めて作った料理なんて、人にあげて良いものなのか。
絶対失敗するのに。
でものんびり練習している時間は無い。
今日が当日だ。
「だ、大丈夫ですよ。手作りって言っても、チョコレートを溶かして固めるだけらしいですから」
「何その無駄作業」
思わず本音が口から出た。
それはむしろやる必要があるのか。
空気中のゴミとか色々、入っちゃいけない物が入るだけじゃないのか。
…でもたったそれだけなら、完全初心者の私でも何とかなるかもしれない。
そう思って、軽い気持ちで手を出したのが間違いだった…。
鍋の底に水分が飛んだチョコレートがこびりつき、焦げた匂いが辺りにプンと漂う。
それをヘラで無理矢理こそげ取って集め、追加で再び焦がしながら溶かしたチョコレートを上からかけて強引にひとかたまりにした。
………一応、何かが出来上がった。前衛的なオブジェっぽい何かが。
………これ、部屋に飾る置物としてはワンチャン有りかもしれないけれど、好きな人に贈る食べ物としては多分きっと無しだ。
特に匂いが無しだ。
これを贈るのはあり得ない。
いくら気持ちが大事とは言っても、見るからに不味そうな物はアウトだ。自分でも味見したくないような物は無しだ。
こんな物、可愛い王子に食べさせられない。
ターニャも、フォローの言葉もなく佇んでいる。
こういう時に、下手な慰めをしないでくれるの助かる。
しかし困った。これは渡せない。
もう一回トライしても、大した上達は望めないだろう。
……でもそれなら、発想を変えればいいのだ。
…手作りなら、いいんだよね?




