【カレーライスと日本文化(Curry rice and Japanese culture)】
少し早いけれど夕食を食べることになり、何が食べたいかサラに聞かれた僕は“カレーライス!”と答えた。
これは以前、短い期間だったけれど海兵隊員として日本に駐留した際にカレーを食べたときの感動が忘れられなくて思わずリクエストしたもの。
言ったあとで、あまりにもサラにとって安っぽい夕食をリクエストしてしまったことを後悔したが、彼女は僕の腕を取って“美味しいお店、知っている?”とノリノリで聞いてくれたので以前仲間たちと行ったお店に連れて行った。
「んーーー。カレーの良い匂いが漂ってきた!」
まだお店に着く前から、サラが鼻をクンクンさせる。
「もうこの匂いを嗅いだ以上、後戻りはできないわ」
確かにカレーには体に良くない麻薬系のようなスパイスは入っていないはずなんだけど、その匂いに一種の中毒性を感じてしまうほど一旦匂いを嗅ぐと食べたくて仕方が無くなる。
古くからある小さな洋食店。
昔この店に来た事があるから知っている。
特にカレーの専門店と言う訳ではないが、このお店のカレーはどんな専門店にも負けないほど美味い。
ドアを開くと〽カランカラン〽と軽やかに、カウベルが鳴る。
「いらっしゃい」
あの頃と同じマスターが声を掛けてくれた。
まだ夕食時間より前だから、店内はガラガラに空いていた。
僕は彼の事を覚えていたが、彼はもう僕の事は忘れてしまったようでサラの方に気を取られていた。
当たり前と言えば当たり前。
誰だって綺麗な女性に目を奪われる。
それに僕がこの店に入るのは6年振りで、しかも来たのは3回だけでそれも海兵隊の仲間と一緒だったから覚えていることを期待する方がおかしいし、僕はあまり騒ぐ方ではないので印象にも残りにくいだろう。
なんてことを考えながら、少し寂しい思いで、あの頃に座った懐かしいテーブルに着く。
「どうしたの?」
「いや、なにも」
「どんまい!」
サラが僕の心に芽生えてしまった、ほんの小さな寂しさに気が付いて優しく聞いてくれ、僕の手に彼女の小さな握りこぶしを当てて勇気をくれた。
「きっと覚えていると思うわよ」
「えっ!?」
「以前このお店にメェナードさんが来た事を、店主は覚えてくれていると思うわ」
“小さな寂しさ”だけではなく、サラが僕の思ったっていたこと自体に気が付いていたのに驚かされた。
「もう6年も前の事だし、たった3回しか来た事がないんだよ」
「でも、分かると思うな。私は……」
店主が注文を取りに来たので、僕たちは同じカレーライスを注文した。
違うのはサラが普通で、僕が大盛というところ。
注文を聞き終えた店主がメェナードさんに向かって話し掛けた。
「long time no see. Thank you for visiting us again(お久しぶり。よくまたいらっしゃって下さいました)Moreover, I was surprised that I brought such a beautiful lover(こんなに美しい恋人を連れてきてびっくりしました)」と、最後は私にウィンクして笑顔を見せてキッチンに戻って行った。
「ほらね、言ったでしょう」
「凄いな! でも何故サラは、その事が分かったの?」
「店主の視線と、メェナードさんの動作で分かったわ」
「店主の視線は何となく分かるけれど、僕の動作と言うのは?」
「だって、初めての客ならガラガラの店内で、どの席に座ろうか少しは見渡すでしょう? それなのにメェナードさんは、真っ先にこの席に着いた」
「そういう所まで見るの?」
「商売人は、お客さんの顔を忘れてしまっては失格よ」
さすがサラ!
サラなら、良い旅館の女将にだってなれそう。
注文したカレーが届けられ、食べる。
昔と変わらない味。
「イギリス風のカレーね」
「カレーってインドじゃないの?」
「インドのカレーに定義はないの。各種のスパイスを混ぜ合わせて香辛料を効かせて辛く仕上げたものがインド風のカレーで、味も香辛料の配合で色々とお店によって違うけれど基本的にはサラサラなのがインドのカレーよ。そしてその配合をルーと言うものにまとめて小麦粉でトロミをつけたものがイギリス風のカレー。明治から外国の文化を取り入れた日本は当時の先進国であるイギリスの文化を多く取り入れ、日本で生まれた“肉じゃが”と“出汁”を融合させたものが日本の定番カレーとなり、これは海外でも高い評価を得ているわ」
「ああ、だからこんなに美味しいんだ」
「でも、ここのカレーは特別に美味しいわ♪」
サラに褒めてもらって、ここに来て良かったと思った。
日本は、よく真似をするのが上手いと言われるが、真似をして作るだけでなく工夫を施すのはもっと上手い。
耐久性がなく市販車への搭載が進まなかったロータリーエンジンを実用化したMAZDA。
理論だけで現実味のなかったオートフォーカスを実現させたMINORUTA。
現在世界中の多くの自動車に搭載されている火薬式エアーバックは1963年に日本の実業家、小堀保三郎氏によって発明された。(※小堀氏がこの特許権を所有している間に、自動車に採用されることはなく、研究開発費により生活が困窮した小堀氏は1975年に夫人と共に自殺して、自身の発明が世界中に広まったことを知らずにこの世を去っている)
カレーライスだけではなく、この旅行で日本に到着した時一番に食べたラーメンも日本文化と触れ合うことによって本場を完全にしのぐほどの発展を遂げた。
そして最も肝心なのは日本の文化の中には必ず“心”が込められていることも忘れてはならない。
あの箱根の旅館から、このカレー屋の店主の対応まで“おもてなしの心”があるからこそ気持ちのいい旅行が出来る。
これが海外の観光地なら、まがい物をしつこく売りつける商人や荷物を狙う悪どい連中が絶えず外国人観光客を狙っている。
そういう嫌なことに注意を払わなくていいところが、日本への旅行が人気になるひとつの要因でもある。




