【着崩れ(Disordered clothes)】
最後に蒲生から面白い物を見せてもらった。
サラの写真だ。
箱根や日光だけではなく、空港に到着した時の写真や、街を歩いている写真などもある。
「これ全部、監視カメラの画像なのか?」
「そう。画像編集ソフトを使ってもう少し鮮明にしたんですがね」
「あれ!? この写真の下に付いている数字は何?」
「さすが! アンさんエエところに気が付きまんなぁ~。実はコレ回覧履歴です」
「まさか貴様、サラの写真を!」
インターネットで世界中にバラまいたのなら許さない。
「ちょちょちょっ待った、違う違う、これは会長への報告書にしか添付していませんって」
「だったら、この回覧履歴と言うのは?」
「これは会長が見た回数」
「一番多いのがコレコレ! 浴衣姿のサラお嬢様ですな。口では否定していても、内心はこの通りですわ。ホンマにサラお嬢様を連れて、日本に来てくれて、おおきに」
サラを連れて日本に来て良かったと思うのは、やはり僕が単純なだけなのだろうか?
東亜東洋商事のビルを出て、待ち合わせ場所のある横浜に向かう。
電車の中で、サラが海軍のイカレタ野郎共に絡まれていないかとか色々と早く会いたくて品川から慌てて新幹線に乗り換えた。
海上自衛隊横須賀基地では最新鋭空母『いずも』を、そしてアメリカ海軍横須賀基地では原子力空母『ロナルド・レーガン』の見学をさせてもらった。
いずれも大きな船で、建造費も非常に高いのは分るが、私の興味を引くようなものではない。
私が考える次世代の空母は『いずも』のように大きい必要はなく、せいぜい『いせ』型ヘリコプター搭載護衛艦程の大きさも有れば十分だと思う。
搭載する航空機もF-35Bなどといった高価で高性能なジェット戦闘機は必要なく、その半分のセスナ機程度の大きさのドローンで充分。
複雑な機能や耐久性のあまりないドローンであればF-35Bの約3倍近くを搭載する事が可能となるだろう。
航続距離も長大である必要はなく、日本の場合であれば仮想敵国である中国の対艦ミサイルYJ-62やロシアのP-800「オーニクス」を越えるか同等程度の300km以上あれば良いと考えている。
無人機故に最悪の場合、戻って来ることを想定しない戦い方も出来てしまうので無理に航続距離を伸ばすために大型化を図るよりはこの程度でも勝手が良い。
つまり戻って来ない作戦ならミサイルを2発搭載できるタイプであれば、2発目のミサイルを発射後に特攻と言う作戦も取れるため3発分の攻撃が可能となる。
かつて日本が誇った戦艦大和並みの装甲を持つ戦艦であればこの様なドローンの特攻などでビクともしないが、現代の戦闘艦は装甲板などでは守られていないし外部にも内部にも各種精密通信機器が詰まっているのでアンテナ1本折れただけでも相当なダメージとなってしまいかねない。
しかもドローンはF-35Bなどに比べたら非常に安いから、当然数を揃えることも容易く補充もしやすくなる利点がある。
基地の人達の話しを聞きながら、次の開発目標はドローンに決めようと思った。
とりあえず、打ち合わせを早く終わらせて待ち合わせ場所に行かなければ。
なんで別々に行動しちゃたんだろう?
とにかく私は早くメェナードさんに会いたくて堪らなかった。
横浜駅にある駅ビルの2階にあるカフェに辿り着き、周囲を見渡すがメェナードさんは居ない。
打ち合わせ時間から言っても、私の方が先に着くなんてあり得ない。
メェナードさんの携帯に連絡を取ってみたが通じない。
“バッテリー切れ?”
もしかすると早く着き過ぎて、お店に長居し辛くなってその辺を散歩しているのかも知れない。
私ならそんな無駄な行動はしないが、好い人過ぎるメェナードさんなら充分あり得る。
けれども私はメェナードさんを探しには行かず、そのまま店に入ると、目立ちやすい席に座ってノートパソコンを開いて仕事の続きを始めた。
探しに行かなかった理由は簡単。
地上9階地下2階の建物内を当てもなくお互いが探し合うと言うことは、すれ違いを生む。
待ち合わせ場所をこの場所に設定した以上、時間はどうあれ待ち合わせ場所には立ち寄るだろうから慌てて探すよりジッと待っている方が合える確率は高い。
10分も待つと、息を切らしたメェナードさんがやって来た。
「どうしたの? 早く着き過ぎてウロウロしていた様には見えないけれど」
「ああ、ひどい目にあった」
「何があったの!?」
メェナードさんのスーツが少し着崩れていることに気が付き、もしかして暴漢に襲われたのかと思った。
まあメェナードさんは見た目と違ってかなり強いし格闘脳も冴えているから、やられることはないだろうけれど、それでも心配は心配。
「早く君に会いたくて、品川から横浜行きの新幹線に乗ったら、新横浜と言う違う駅に着いた」
「あら、横浜と新横浜だとチョット離れているわね」
「そうなんだ。僕はてっきり横浜駅の直ぐ隣に新幹線用の駅を作って、それを新横浜と呼んでいるのかと思っていたよ」
「もう慌てん坊さんね」
ひょっとしてこのスーツの着崩れは、駅を間違えたので慌てて走ってココまで来たからなのかな……。
でもそれだったら相当な慌てようね。
心配していた分、すごくありきたりな駅の間違いで遅れた理由にホッとすると同時に、おかしくなって笑った。
「どうしたの、サラ」
「だって、私はてっきり暴漢に襲われたんじゃないかと思って」
笑っているサラが、涙を拭いた。
涙が出るほど可笑しくて笑っているんじゃない。
これは本当に僕の事を心配してくれていて、ホッとしてつい緩んでしまった涙腺から涙が出て来ているんだ。
「ゴメン。心配させちゃって」
「いいのよ。心配したのは私の勝手なんですから」
「でもどうして僕が暴漢に襲われたと?」
「だって、スーツが着崩れていたから」
僕が慌てて服に着いた誇りを振り払うようにパンパンと叩くと、サラが「もう遅いよ」と言って笑った。
蒲生氏がサラお嬢様と言っていたのが良く分かる。
こうして見ると、サラはその容姿だけでなく性格や素振りなど内面もお嬢様そのもの。
きっと、こういうものは“生まれながら”と言う要素が強いのだろう。
しかしスーツのホンの少しの着崩れで足が付きそうになるなんて思ってもいなかった。
実は東亜東洋商事に行ってきた事はサラには内緒にしていて、僕は違う用事で違う所に行っていたことになっているから。
実際あの頑固な栗林会長の言葉を聞いたなら、サラをがっかりさせるだけになるだろうし、恋人を射殺した可能性の高い妹のことなんて悟られるだけでもマズい。
僕は全ての事実が明らかになるまではこの事をサラに話すつもりはないし、話す時には必ずサラに精神的なダメージを与えないように何らかの解決策を打った後でしか話さないつもりだ。
それが後見人としてサラを支える僕の使命だと思っている。
サラの為だけではなくサラの家族の為にも、僕はやはり自分自身に決断を下さなくてはならないだろう。




