【偶然におきた悲劇(Les Misérables)】
会長室に入る前にお互いの服装を整え、体育会系のお遊びをした痕跡をチェックした。
「アンさんに蹴られた背中に、靴の跡付いてないやろか? チョッと見て見て」
「大丈夫だ。スニーカーじゃないから変な跡はついていない」
「なら良かった」
蒲生がドアをノックすると、入れと指示があり部屋に入る。
中には、いかにも頑固そうな初老の栗林会長が居て、僕らを睨むように見ていた。
「POC中東支部のロビンソン・メェナードさんをお連れしました」
「はじめましてロビンソン・メェナードです。本日は貴重なお時間をいただきまして、ありがとうございます」
栗林会長は席から立っていたが、特にこちらに歩み寄って来る気配もなかったので、お決まりの挨拶をして、お辞儀をして済ませた。
「蒲生、お客様に対して粗相はなかっただろうな」
栗林会長が鋭い眼光を向けると、蒲生はビビりながら「はい、それはもう」と答えたあと僕をチラ見した。
「メェナードさん、彼の言うことに間違いはありませんか?」
「間違いありません。ここに来る前に準備体操はしましたが、久し振りに良い運動が出来ました」
「そうですか、それは良かった。……蒲生、もう下がって良いぞ」
「ハイ。では私はこれで」
退室しようとする蒲生がドアノブに手を掛けたとき、栗林会長が呼び止めた。
「ハイ」
蒲生が何の用事かと会長のほうに向きを戻す。
「背中の靴の跡を何とかしておけ」
「はあっっっ! 失礼しました‼」
蒲生は急に汗びっしょりになり、慌てて退席していった。
「あらためましてメェナードさん、ようこそ尋ねて来て下さり有り難うございます」
蒲生が居なくなった途端、急に態度の変わった栗林会長が腰を上げて握手を求めて来たので、僕も慌てて腰を上げて手を差し伸べて握手を交わし再び腰を下ろす。
「すみませんね。SISCONと言う組織の私が、POCのアナタと他人から見て親しく見えるような態度を取る事は出来ませんので、御無礼お許しください」
「いえ」
「ところで、本日の訪問の目的は何でしょう? アポイントでは、平和について話がしたいとありましたが、まさか世界平和について個人的な意見交換をするためにワザワザ日本にいらした訳でもないでしょう?」
「そうです。ただ平和についての話しは本当です」
「それは、どの様な平和についてですか?」
栗林会長が怪訝そうに僕を見る。
僕は勿体ぶらずに直球を投げつけた。
「心の平和について、貴方に確認したいことがあって来ました」
「心の平和? 私に確認とは一体何でしょう?」
「様々な事情や問題はあるのだろうと思いますが、ズバリお伺いします。サラ・ブラッドショウは、栗林会長のお孫さんで間違いありませんね」
しばらく沈黙の時が流れる。
栗林会長は席を離れて窓辺に行き、僕に背を向けように外の景色を眺めている。
5分過ぎ、10分が過ぎる間、僕は黙って会長の後姿を見守っていた。
「メェナードさん、良く調べられましたね」
「と、言うことは!?」
「サラは私の孫に間違いありません」
会長の言葉を聞いて、胸が熱くなり眼がしらに涙が滲む。
サラにとって大切な家族が、ようやく見つかったのだ。
「会ってあげてください!」
熱い思いのまま会長に告げるが、彼は直ぐには返事をしなかった。
そして背中を向けたまま「会えない」と言った。
「どうして!? 失礼ですが奥様は既に亡くなられて、しかも一人娘のナオミさんも、もうこの世にはいなくて残っている家族は、そのナオミさんが残された子供だけなんですよ」
「……ナオミは、勘当したから、もう私の娘ではありません」
「勘当!? 何故そのようなことを!」
「私が必死でSISCONと言う組織を作り上げている最中に、よりによってPOCの上級幹部などと駆け落ちするような女は、私の娘ではありません」
「娘さんと夫アンドリューが、何をしようとしていたかSISCONの情報網を使えるアナタなら御存知のはずだ」
「だが、志半ばで2人は死んだ」
「でも、それは……」
「結果を伴わない志など、何の役にも立たない。結局その後どうなった? 2人の意に反して世界中の至る所に反政府テロは起こり、POC内での強硬派と呼ばれる立場の台頭を許す結果になってしまった。違うかね?」
「しかし……」
「それに、そのサラも今では立派な上級幹部候補生……いや、既に“生”を着ける段階はとうに超えていて、もう何億ドルもの売り上げを上げている」
「しかしアナタは今、確かに孫であると認めた」
栗林会長の背中は本音を隠したまま、嘘の言葉だけが僕の耳に届けられる。
「それは血縁関係の事実を認めたに過ぎない」と。
言いようのない憤りと、絶望を感じた。
確かにSISCON創設者の一人である栗林会長にとって、POCの上級幹部と駆け落ちしてまで結婚した娘を許すことが出来ないことは分からないでもなく、その孫のサラもまた両親と同じ道を歩もうとしている。
でもそれはSISCONと言う組織の中に居る栗林会長の考えであって、決して栗林氏個人の考えとは違うはず。
「どうして先に見つけた?」
「えっ!?」
「どうしてサラを先に見つけて、私から奪ってしまったのだ。それが無ければ、少しは……」
何と言うことだ‼
サラを気にいって、POCに入れたのは僕自身。
この時サラの正体に気が付いた強硬派の連中からは、とてつもない嫌がらせと高いハードルを設定されたにも拘らず、それを乗り越えられるようにまた邪魔が入らないように見守っていたのは僕自身。
つまり僕が関与しなければ、サラはPOCに入る事は無く、何事もなく祖父である栗林氏の元に帰れたのだ。
僕は自分の愚かさに頭を抱え、項垂れるしかなかった。
しかし、それならばナトーはどうなる?
彼女がPOCとは関係ない事は、既に赤十字難民キャンプに居る柏木サオリから聞いているはずだ。
「ナトーは! ナトーはどうなんです? 彼女はPOCではないです!」
「……報告は受けているが、まだDNA鑑定の結果が出ていない」
「結果次第では、家族として迎えてあげられると言うことですか?」
「いいや、それもない」
「何故です?」
「彼女は、殺人鬼だ」
しまった!
やはりナトーはグリムリーパーだったのか‼
SISCONと言う平和組織で、元グリムリーパーと呼ばれた殺人マシーンを匿うことはできない。
何というめぐり合わせ!
何という悲劇‼
2人の孫と、この老人を繋ぐ関係が過酷すぎる。




