【東亜東洋商事②(Toa Toyo Shoji Co., Ltd)】
効率よく、しかも主導権も渡さずに順調に最後の敵の前まで来たところで僕の動きは止まる。
7人目の敵は身長2m、体重200㎏近くありそうな大男。
皮下脂肪で覆われた体は、ダメージも受けにくい。
弱点は顔と下半身だが、顔は2mの身長のうえに腹が出ているのでパンチでは腕が伸びきってしまい威力は大幅に半減してしまう。
キックでも、大き過ぎる相手には距離の関係から防御されやすい。
こういうヤツを仕留めるためには、ローキックを繰り返し同じところに放って相手の動きを止めるのが定石だが、それをしている間にこれまで倒してきた奴等が復活してしまえば主導権は相手に渡る事になり、そうなれば僕にはもう勝ち目はないだろう。
後ろをチラリと振り返ると、もう既に倒した奴等のうち3人程が立ち上がろうとしていた。
“さあ、どうする? 時間は掛けられないぞ……”
とりあえず武器があればなんとかなるのだが、周囲を見渡しても武器になりそうな物は何も見当たらない。
仕方ないので先手必勝。
仕掛けるしかない!
右のローキックを叩き込む。
相手は予想通り蹴りの対応はあまり上手くなく、それなりの感触はあったが、ローキック1本で倒れるような相手ではない。
少しばかりだがバランスを崩したものの、このままローキックを受けるのは不利だと察した相手がラッシュして来た。
“早い!”
僕は間合いを詰められないように一気に引くと、奴も間合いを取られないように加速して来る
連続して繰り出される左右のパンチが、間合いを詰める隙を与えない。
“コイツは相撲ファイターだ、パワーが違い過ぎる!”
後ろに注意しながら下がる、下がる、下がる。
振り向く余裕なんてないが、そこは記憶と勘だけが頼み。
もし倒れて居る奴につまずいて転んでしまえばプレスされてしまうし、起き上がってきた奴にホールドされればあの強烈なパンチを食らうか投げ飛ばされてしまう。
圧倒的に不利な状況。
だが、それは“そうなれば”という場合。
まだ勝機が無い訳ではない。
むしろ勝機はもう直ぐ僕の手に入ってくるはず。
ジグザグにしかも時折反撃を試みながら不規則に速度を変えながら後退する。
奴の注意は僕がいつまたローキックを出すのかに集中している。
それだけ最初に放ったローキックが効いている証拠。
ステップを踏み替えるとき、ローキックを放つ素振りを見せたとき、振り出そうとした脚に丁度起き上がろうとして動きかけていた倒れた敵の鼻っ柱に当たった。
鼻は急所の中でも、痛さと言う点では特別な場所。
他の急所と違い、直ぐに動きを止められる場所ではない代わり、純粋に痛みを味わうことが出来る。
蹴られた奴が、鼻を押さえて暴れ出す。
急に動き出した仲間に、一瞬僕のローキックに気を取られていた巨漢が気付くのが遅れてぶつかり前のめりにバランスを崩す。
僕は巨漢の横に並ぶように進むと右手で頭を上から押さえ、同時に左手で奴の尻の上にあるベルトを掴むと力を込めて低くしようとした腰を高く持ち上げ一気に前に放り投げるように送り出す。
前のめりになった巨漢の体は、頭を押さえられることと腰の位置が高くなったことにより更に前に傾いて倒れそうになる体を支えるために前に勢いよく走り出すが、そこを僕が送り出したものだから予想以上に加速してしまう。
まるで巨大なボーリングの玉のように巨漢は立ち上がりかけていた3人に向かって突っ込んで行き、最後はエレベーターに頭から突っ込み激しい音を立てて倒れた。
“ストライク!”
エレベーターのドアが閉まり、巨大な玉を回収した。
「いやぁ~さすがでんなあ」
フラフラと歩きながらガモーがパチパチと小さな拍手をおくる。
「なんのつもりだ!」
僕に蹴られた腰を押さえながら蒲生が答える。
「サラお嬢様を任せられるお方かどうか試させてもらいました」
“サラお嬢様!?”
「サラはやはり、栗林会長の!?」
「すみません。今のは私の失言で、聞かなかった事にして下さい」
「この企画も、会長が?」
「いいえ、これもワイの勝手な判断です」
「本当か?」
「当たり前ですがな。SISCONは非武装・非暴力を掲げて戦争を抑制しようとしている組織です。そこに大きくかかわる人間が、こないに暴力的なことしいしません。あくまでもこれはワイの一存です」
「何故?」
「カメラ撮影のトリックにも気が付かなんだアンさんに不安を覚えたもんで……ただ箱根にもワイが居たことを覚えていた事と、ワイの目的を見破った所までは見事でした。それにしても……」
「なに?」
「さっきは何でワイが蹴飛ばさなアカンかったんです?」
「敵かも知れない相手に背中を見せたままでは戦いに集中できないだろう」
「いや、さすが、お見事ですわ」




