【盗撮疑惑の男(Man suspected of voyeur)】
僕の目的は、サラの写真を撮っていた男。
コイツは箱根でもサラの写真を撮っていたし、おそらく他の場所でも超望遠レンズなどを使ってサラの写真を撮っていたに違いない。
都合よくその男が移動したので、僕は彼を追うことにした。
「サラ、チョッとトイレに行って来る」
「OK!」
お腹を触って時間が掛かる事を知らせて、サラから離れる。
サラは男の存在には気付いていない。
「Excuse me」
男の背後に近付き声を掛ける。
だが男は振り返ろうとも止まろうともしない。
「Excuse Me Guys!」
こう言っても無駄。
殆どの日本人は英語が苦手。
ある程度理解していても、自ら進んで話そうとはしない。
「Hey guy‼」
仕方がないので近付いて軽く肩をポンと叩くと、ようやく奴は止まった。
日本人にしてはかなり背が高いが、日本人の多くと同じように体の線が細い。
「なんやねん、邪魔くさいわー!?」
“Nan ya nen??”
こいつ、日本人ではないのか?
サラと逸れた場合の為に持ってきた翻訳機を取り出して「Please say it again」と話すと液晶に“もう一度言ってください”と表示が出たので、その画面を相手に見せる。
怪訝そうな顔で液晶画面を睨む男に「Try to Speak」と話し掛けた。
本来ならTolkのところをSpeakとしたのは、日本人が“話す”と言う英語をSpeakとして習っていると聞いた事があるから。
「そんなもん、無いかて、英語くらいチャンと話せますやん」
表示画面に出たのは“I don't know, I can speak English properly.(わかりません、英語はきちんと話せます)”
この男の日本語がおかしいのか、それとも翻訳機がおかしいのか?
とりあえずこの男の耳慣れない日本語が翻訳機を狂わせているのは確かだ。
英語が話せると言うのなら、好都合。
僕は男に何をしているのかと聞いた。
「なにって、観光に決まってるやん。それ以外でここに何の用がって来るねん?」
英語になっても、男は“なまり”が酷い。
「2日前、箱根にも居ましたよね。そして昨日は富士演習場にも自衛官に変装して」
「居たらなんかアカンのかい!?」
「目的は?」
「せやから、観光や言うとるやん」
「サラの写真撮っていましたよね」
「撮ってない」
「いや、スマホで撮影しているところを見ました。撮影していないのであればスマホを見せて下さい」
「見たらエエやん」
意外にも男は素直に僕にスマホを渡した。
確認すると、スマホのデーターの中にサラの写真は見当たらない。
おかしい……確かにこの男はサラを見ながらスマホの画面を触っていたはずなのに。
「もう、ええのんか?」
「?」
「納得いったんか?と聞いているんや」
「はあ……すみません」
「誰にでも勘違いは有るからエエねんけど、アンタあの子のなんやねん? 恋人?」
「いや、僕は彼女の恋人ではなくて……」
そう言う風に聞かれると困る。
ボディーガードでもないし、家族でもないし、もはや組織の中で一本立ちしているサラの後見人というのもおかしい。
でも相手は何も知らない外国人なのだから、家族と言っても差し障りはないが、サラに関する事で嘘だけはつきたくない。
僕は考えた末に、こう答えた。
「子供の頃から彼女を見守っている」と。
その言葉を聞いた男は、急に笑顔を僕に向けると僕が最初そうした様に僕の肩をポンポンと叩き「あんじょう頑張りや!」と最後は日本語で言った。
翻訳機を見ると“Good luck”の表示。
僕は嬉しくなり「アリガトウ」と日本語で返して別れた。
「長かったのね、どうだったの彼」
僕が戻るなりサラに聞かれた。
僕が気付くくらいだから、サラが気付いてもおかしくはない。
いや僕が気付けることなら、サラに気付けないはずはない。
「写真を撮っていた証拠は無かったよ」
「スマホのデーターを探したのね」
「ああ」
「駄目よ、それだけでは」
「それだけでは? と言うと?」
「アプリを探すのよ」
「何の?」
「転送アプリと、監視カメラを制御できるアプリよ。つまりスマホにデーターが残っていないと言うことは既に転送された可能性が有ると言うこと。でも画像の転送は不意打ちには弱い。転送中や転送後の履歴を速やかに削除しないと何所に転送されたか直ぐにバレてしまう」
「監視カメラの制御とは?」
「監視カメラの中にはPTZカメラと言って、遠隔で自由に角度やズーム機能を操作できるものがあるわ。こういう特別な機能のあるカメラがあると、不審者を追跡したり不審物を特定しやすいから不特定多数が集まる公共の場所で安全の確認が必要な場所には良く設置されている。ほら、ここにもあそこにあるでしょう?」
サラが指さす先に、確かにその様なカメラがあった。
「つまり、あの男はその監視カメラを操って、サラを撮影していたと言うことなのか」
「操ったかどうかは分からないわ。元々の管理者が既に私をズームアップしていれば、操作する必要はないでしょうから」
「でも、データーは?」
「データーを取るのは、その監視カメラの画像を保存してあるサーバーにアクセスして抜き取ればいいから証拠も残りにくいわ」
「チクショウ! あの野郎‼」
「いいじゃない、たかが写真くらい」
サラは以外に気にせずにサバサバしていた。




