【将軍(SHOGUN)】
サラの凄さには感動するしかない。
飛行機の到着時間の都合で、初日こそ何も予定を入れていなかったが、二日目には防衛庁、そして三日目の今日は陸上自衛隊の演習を見た後に武器メーカーの人との打ち合わせ。
しかも遊びの時は思いっきり楽しみ、時折ティーンエージャーらしい雰囲気も見せるのに、一旦仕事になれば歳の差なんてまるで関係ないオーラを放ち商談を成功に導いてしまう。
まったく羨ましい限りの能力に圧倒される。
「ゴメンなさい、私の我儘に付き合わせてしまって」
「いいよ。折角日本に来たんだから、やりたいことは何でもやれば良い」
「もうこれで、お仕事は終了よ」
「ほかに、なにかやりたいことはないの?」
「あとは日本を満喫することと……」
「ことと?」
「……メェナードさんを独占することかな!」
サラはそう言うと、無邪気な子供の様に僕の腕に自分の腕を絡めてきた。
その日は、駐屯地から左程離れていない遊園地で遊び、富士山の見える湖のある旅館に泊まった。
旅館のベランダで籐椅子に座り、夕焼けに紅く染まる富士山を眺めているサラの後姿。
すっかり気に入った浴衣を着て髪をアップにしている“うなじ”が本当に可愛い。
「疲れた?」
冷えた麦茶をグラスに注いでサラに渡し、自分もサラの向いにある籐椅子に座り、同じ富士山を眺める。
「ありがとう。少し疲れちゃった。やはり遊びと仕事の二刀流は体に堪えるのかな」
少し気だるそうな笑顔が浴衣と相まって、まだ幼さの残るサラをとても魅力的に映す。
「少し、のんびりするといい」
「うん。不思議なものね、あの山を見ていると心が落ち着くわ」
「珍しい形の山だね」
「そうね、マッターホルンやアイガーの様に切り立って何物も寄せ付けない威厳はないけれど、あの山は穏やかで万人を受け入れながら威厳を保って居る」
「万人を受け入れながら……」
たしかにサラの言う通り、この富士山と言う山は誰もが簡単に登れそうな優しさを持ちながら標高3776mと言う高さを誇り、山としての実力を鼓舞することなく自然に威厳を保って居るように見える。
それは核兵器やICBM(大陸間弾道ミサイル)を保有する技術を持ちながら、周辺国を刺激しないように気を配っている今の日本の様に穏やかに見えるが、やはりそれでも富士は活火山である以上一旦暴れ出したら手に負えない激しさも隠し持っていると思った。
翌日、僕たちはまた東京に戻り列車を乗り換えてTOCHIGI県にある日光東照宮に行った。
ここは江戸幕府を開いた初代将軍・徳川家康を祀った神社で、広い敷地内には幾つもの建物がありそれぞれの建物には細かい彫刻が施されていた。
でも、それだけ。
僕はKYOTOに行った事があるので知っているけれど、KYOTOならもっと沢山の神社やお寺を見て歩くことができる。
なのに何故サラは、ここを選んだのだろう?
日光を観終わったあと、サラにその事を聞くと「平和のため」だと答えが返って来た。
「平和? それがこの東照宮の御利益なの?」
「違うわ。この東照宮に祀られている徳川家康と、東照宮を建てた江戸幕府そのものが平和の象徴なの」
「なにそれ?」
「江戸幕府は1603年に開かれて1867年に終わるまで、最初と最後以外の250年に渡って国内外で戦争を根絶した政府なのよ」
「250年も‼」
年代的には僕の生まれたアメリカの歴史に近いけれどアメリカでは1775年に独立戦争をして1861~1865年にかけて南北戦争をしているが、その間も絶えずネイティブアメリカンを根絶するための戦争を行っていて正確な数字は分からないけれど1000万人近いネイティブアメリカンの人々が殺されたと聞いている。
狭い地域に多くの国が国境を接するヨーロッパでは、戦争がない年は存在しないと言う程毎年どこかで戦争が行われていた時代だ。
「しかし、どうしてそんなに平和を続けた江戸幕府が滅びたの?」
「これは諸説あるんだけど、結局日本も植民地化されようとしていたと思うの。先ず江戸時代に中国と同じ手口で日本にもアヘンが持ち込まれたの」
(※1840年イギリスによるアヘン密貿易を絡めた侵略戦争)
「ところが、中国と違って日本ではアヘンは全く流行らなかった」
「何故?」
「古い日本人は道徳心が非常に高かったから、気持ちが良くなると言っても自分が何をしたかさえ分からなくなる様なものは悪い物と考えたのでしょうね」
「その次は戦争だね」
「そう。でもイギリスもアメリカも直接日本とは戦わなかったの」
「何故? 日本は鎖国をしていて、武器は旧式のものだったのだろう?」
「たしかに武器は旧式だったけれど今の日本と同じ様に、鉄砲が伝わった欧州以外の地域で、この国産化に成功したのは日本だけで、火縄銃が伝わって約30年後にはヨーロッパよりも多く火縄銃を持つ国となっていたのよ。だからイギリスは日本とは戦わず、日本の若者を騙して日本人同士を戦わせることにしたの」
「それが江戸幕府の終わりを告げる戦いになったんだね」
「正確には、日本の弱体化を避けるために、江戸幕府は戦うことを放棄したと言っていいのよ」
「つまり、それはお互いを戦わせて弱ったところを襲う作戦を見抜いていた人が居たってこと?」
「イギリスがそう言う作戦を立てていたかどうかは定かではないけれど、徳川の将軍がそうなる事を危惧していた事は確かね」
「でもそれじゃあ、簡単に騙されるような奴等が勝ってしまう」
「最悪、国が無くなる事も考えれば、仕方なかったんじゃないかな」
「サラだったらどうした!?」
もしもサラが将軍であったなら、どうしたのか気になった。
「私? 私だったら、その前に中央集権制をもっと前進させただろうな。江戸幕府の弱点は偉大な創始者の考えを殆ど発展させられずに地方分権とも中央集権とも、どちらとも言える政治体制を続けていたからこうなったのだから。もっとも創始者はかなりの実力者だったから、それだけで中央集権制に近い政治が出来ていたのだけれど、3台目以降はそこにすがりつくだけで政治的な進歩は殆どなかったからね」
「でも、朝鮮を占領しているよね」
「それは江戸幕府の後の明治政府よ。江戸幕府では日本人よりもはるかに犯罪を犯す率の高い朝鮮人を嫌っていたから」
「後?」
「1875年の明治政府によるもので、植民地欲しさにお馬鹿さんたちが大して資源もない朝鮮を占領しようとしたのね。そもそも明治政府は欧米の“植民地”と言うもの自体を理解していなかった」
「と、言うと?」
「欧米による植民地とは“略奪”よ。現地の人を死ぬほど働かせて収穫したものを全部本国に持ち帰るのが植民地支配。ところが明治政府は馬鹿丁寧にインフラの整備だけじゃなく識字率が数パーセントしかない事を心配して学校の建設などにも精を出したため、赤字は膨らむばかり。結局この赤字は第2次世界大戦の終了まで増え続けて、挙句の果てに敗戦国の賠償として投資した全ての資産を失うことになったのよ」
サラの言葉を聞いて、何故京都でなく日光に行ったのかようやく分かった。
今の日本は明治政府に壊された日本の欠片。
日光は創始者を敬い過ぎて発展を怠った象徴と言うこと、そして京都は古い物にしがみ付いているだけの街と言う認識なのだ。




