【濡れてドキドキなサラ②(Wet and throbbing Sara)】
今夜の宿は、昨日泊まった近未来的で合理的なカプセルホテルと全く異なる純日本風の旅館。
屋根つきの門をくぐると、中には日本風の美しくてさり気ない落ち着きのある庭が有り、その石畳の通路を抜けると玄関があった。
玄関で履いて来た靴を脱ぐ……。
代わりに履く室内用のシューズが無い事に困惑して、旅館の人に聞くと「裸足で構いませんよ」と優しく微笑んでくれた。
しかし私もメェナードさんも、その裸足が問題なのだ。
メェナードさんと2人きりならともかく、知らない人の前で素足を見せるのは私たちの文化圏では抵抗がある。
まあ純日本式の和風旅館を選んだのだから、“郷に入っては郷に従え”と言う日本古来のことわざに従うしかない。
色んな人たちが裸足で歩くことを考えると衛生的に問題があることと、外国人の私たちにとっての妄りに人前で素足を見せない風習を考えると抵抗もあるが、それを考えない事にすると柔らかい畳の上を裸足で歩くのは実に心地いい。
私が恥ずかしがっていればメェナードさんも気まずいだろう。
でも実際、私はこの事には直ぐに慣れた。
フロントで館内用の浴衣の柄を選びメイドさんに部屋に案内され中に入り、私は廊下の手前にある部屋に入って外用の浴衣から館内用の浴衣に着替えて、同じように館内用の浴衣に着替えたメェナードさんを誘って大浴場に向かった。
イスラエルにもジャグジー付きの高級ホテルと言うものはあるが、大浴場のあるホテルは知らない。
メェナードさんは既にカプセルホテルに泊まった時に、体験していてご満悦だった。
私も、ネットなどで知識的には知っているが、体験するのは初めて。
脱衣所に着くと、もう夕食の時間なのか他に人は居なかった。
こじんまりした旅館なので、それほど大きくはなかったが、それでも楽に10人以上は入れる広いお風呂があった。
作法に従って、先ず掛湯をして体を洗ってから湯船に浸かる。
ハイファの研修所にはシャワールームしかないので、湯に浸かる事は無いし特別湯に浸かりたいとも思っていなかったけれど何とも心地いい。
外の露天風呂にも入ってみた。
森の中に作られた露天風呂は、開放的な西洋の屋外ジャグジーと全く雰囲気が違う。
豊かな自然に囲まれ、その自然に溶け込むように作られているから、入浴していても自然の暖かさと恵みを感じずにはいられない。
目を瞑るとまるで妖精の世界へ連れていかれそうな感じがして、時間を忘れてしまいそう。
来て良かった。
お風呂から出て部屋に戻り、メェナードさんとお風呂の話しをしていると、着物を着たメイドさんが来て食事の支度を始めてくれた。
このメイドさんは“仲居さん”と言うジョブタイトルで、主に宿泊客の身の回りの世話をする係りだと言うことで、慣れない私たちの為にテーブルに沢山並べられたお料理の説明や食べ方などを教えてくれるだけではなく、ここで実際に加熱してから食べる料理の世話までしてくれた。
メイドと仲居さんの違いは、メイドは与えられた仕事を卒なくすれば良いのに対して、仲居さんは色々と楽しく話しかけてくれてこっちの困った事や分からない事の相談にも乗ってくれてとても話していて心地好い。
おそらくこれが、あの有名な“おもてなし”の一部に違いない。
仲居さんが用意してくれたテーブルには沢山のお茶碗やお皿が並び、まるでフランス料理のフルコースが一度に運び込まれた感じだった。
楽しく、そして美味しく食べ終わった後は、日本酒を飲んで……そう言えばあの仲居さん後で片付けに来るって言っていたけれど、いつ来るのだろう?
と、思いながら食事を終えて縁側に用意された椅子にメェナードさんと一緒に座って寛いでいるときに、仲居さんが片付けに入って来た。
食事中に覗きに来られると、急かされている様で気が重くなるし、あまり遅すぎると部屋に食事の臭いが籠ってしまうしプライベートなところも見られてしまう。
縁側に移動して寛いでいる今がベストなタイミング。
何故、このタイミングを逃さずに片付けに来ることが出来たのか!?
仲居さんが出て行って直ぐにバッグから盗聴器と盗撮用のカメラを調べるキットを出して、パソコンに繋いで自動監視モードにする。
パソコンが様々な周波数帯を調べるが特に何も問題ない。
一応このシステムは無線だけでなく優先やテレビケーブル経由も調べることが出来るのだが、何の問題もない。
“では、一体……”
私が悩んでいると、メェナードさんがヒントをくれた「忍者じゃないのか」と。
なるほど、分かった!
あの仲居さんは食事の初期段階まで色々な世話をしてくれたり、楽しいお話をしてくれたりしていたのは、こっちのペースを確認していたのに違いない。
食欲がないとか嫌いなものは無いかとか。
食事の世話を終えて部屋を離れていても、私たちが楽しく食べている様子を思浮かべながら他の作業に当たっていたから、忍者の様にコッソリ様子を窺わなくても大凡の終了時間が分かったのだ。
日本の自然科学研究機構・生理学研究所が発表した脳波測定による研究結果を思い出す。
日本旅館に居る女将は、客の表情の中で不快な表情を僅か0.1秒で気付き、その0.7秒後には平常心に戻ると言うデーター。
これは客のわずかな不満を見逃さずに、相手にその事を悟られないようにしながら対処する能力が非常に高いことを意味する。
常に相手を気遣う心。
これが日本人の心“おもてなし”の極意に違いない。




