【濡れてドキドキなサラ①(Wet and throbbing Sara)】
頭のてっぺんから足の先まで、まるで大雨の中を走ってきたように水飛沫がかかる。
「もーっ、コレって転ばなかっただけマシって言う程度じゃない?」
そう。
メェナードさんが巻き起こした水飛沫で、私たちはズブ濡れ。
まあ水の中に転んでしまったことを思えば、それでも少しはマシなほう。
濡れたのは表面だけだから。
「ゴメン‼」
慌ててメェナードさんが謝ってくれる。
「いいよ。悪いのは注意を聞かなかった私の方で、メェナードさんは何にも悪いことはないんだから。こうして助けてもらえなかったら、今頃はこの程度の濡れ方じゃ済まないし、どこか怪我でもしてこの楽しい旅行が台無しになっていたわ」
言い終わる頃、ようやく自分の格好に気が付いた。
助けるために跳んで来たメェナードさんが、私を抱くように支えてくれているのは分るけれど、その私もまたメェナードさんにしがみ付くように抱きついている。
顔と顔の距離なんて10cmも離れていないし、体は薄い浴衣越しに密着している。
何よりも裾を手で上げていた脚が太ももまで露わになり、しかも抱きついた拍子に片方の脚をメェナードさんの腰のあたりに絡みつけていた。
この光景を第三者が見たら、完全にイチャイチャしていると思われるだろう。
しかも今の私は、浴衣と言う着物の風習に従ってパンツを履いてきていないから余計に恥ずかしい。
「あ、足は大丈夫?」
「だ、大丈夫……」
メェナードさんが未だ水に浸かっているもう片方の脚を持ち上げて、お姫様抱っこをして岸まで連れて行ってくれる。
お姫様抱っこをされるのは気持ちいいけれど、パンツを履いてきていない事がバレてしまうのではないかと思うと恥ずかしくて、妙に心臓がバクバクと激しい鼓動を鳴らす。
その音は、あばら骨から背骨、頸椎、頭蓋骨と言う骨伝導で伝わって、私の耳に届くほど。
「ねえ、聞こえる?」
「んっ、なにが?」
「なんでもない」
「変なサラ」
もし私のこの胸の高鳴りがメェナードさんにも聞こえていたならと言う恥ずかしい気持ちとは逆に、この音の意味を知らせたい気持ちもあって聞いてみたけれど、ヒグラシの鳴き声が激しい心臓の鼓動を掻き消してメェナードさんには伝わらないみたい。
そうなると今度は是が非でも聞いてもらいたい気持ちになり、胸をメェナードさんの耳に押し付けてでも聞かせたい欲望に駆られるが、いきなりそんな事をすれば嫌われてしまうのではないかと思うとヒグラシの鳴く声が恨めしい。
蝉の夏の恋は短くて切ないのは十分承知しているけれど“少しくらいは遠慮しろ!”
濡れたサラを抱いて岸まで運ぶ時に、始めて気が付いた。
サラが浴衣の下に下着を付けていない事。
しかも心臓がバクバク鳴っていて、息も少し荒い事も。
“聞こえる?”とサラに聞かれた時“何が?”とワザと気付かないふりをした。
いや、自分自身に気付いていない事にしようと呪文を掛けたと言ってもいい。
でないと、この状況は厳し過ぎる。
捲れあがった浴衣の裾から丸出しになった綺麗な脚、下着を付けていないお尻、僕の胸に密着しているサラの胸に激しく聞こえる心臓の鼓動と甘い息、それに濡れたサラの体から立ち上がる蒸気に、近過ぎるお互いの顔と顔。
“色即是空‼”
12歳のサラと出会ってもう5年。
サラもスッカリ“女の子”から立派な“女性”へと素晴らし過ぎる程の進化を遂げた。
しかしサラは10数年ぶりに特別採用された、将来を嘱望されるエリート幹部候補生。
研修所に居る他の幹部候補生とは訳が違うし、既にゴッド・アローを自ら開発しただけでなく、100万ドルの最初の発注を勝ちとった後も、順調に契約数を伸ばすことに成功している。
しかし問題は、そう言う能力の差ではない。
初めて会ったときから、僕は両親の居ないサラの両親に代わってサラを見守る後見人になる事を決めていた。
だからこんな不純な感情を持つ事自体あってはならない事なのだ!
メェナードさんに岸まで運んでもらい、丁度膝丈くらいある大きな岩の上にハンカチを敷いてもらって、そこに腰を下ろす。
浴衣の生地は白い所が多いから、貼り付いた生地越しに薄っすらと肌が透けている。
自分の体なのに、自分で見ても妙に艶めかしくって興奮してしまう。
こんなに魅力的な女性に育ったというのに、どうしていつもメェナードさんは平気なのだろう?
子供時から一緒に居るから?
それとも私の様な気の強い我儘な女の子には興味がない?
たしかに自分自身、性格には少し問題は有ると思う。
どうしたって小学校6年生のキャンプファイヤーで、この私を差し置いて“火の女神役”になった、おとなしいだけが取り柄のどこにでもいる愛想だけが良い安物の美人の方が万人受けするのは当たり前。
結局あの子程度の頭脳で、あの程度の容姿の方が周囲も安心できると言うことなのだろう。
しかも人間的に弱いから、男にとって付け入る隙は幾らでもあると言う“オマケ”付き。
私も少しは性格を直して、メェナードさんにもっと気にいられる女性になりたいな。
まあ、自分の性格上、それは難しいとは思うけれど……。
ヒグラシの鳴き声を聞きながら、メェナードさんと肩を並べて紅く染まって行く空を眺めていた。
こんな時、ローランドが生きていたなら優しく私の肩を抱いてキッスをしてくれただろう。
なのにメェナードさんときたら、ぼんやりと一緒に空を見ているだけ。
私は、それが何だかもどかしい。
“ローランドが死んで未だ1年しか経っていないと言うのに、しかも私の大切な”足長オジサン”にこんな気持ちを抱いてしまうなんて……。
「あっ、メェナードさん。あれっ!」
空を指さして言った。
濡れた衣服が乾くのを待ってから宿に向かって歩いているとき、紫色に変わり始めた空に人工衛星が飛んでいた。




