【浴衣を着たサラ①(Sara wearing a yukata)】
防衛省を出たあと私たちは軽く胃を満たすために、お蕎麦屋さんに入った。
「そう言えば、朝食が未だだったね」
「ゴメンなさい」
「いいよ。今度は何?」
「お蕎麦よ」
「お蕎麦?」
世界でも蕎麦は普通に食べられている。
イタリア北部の山岳地帯では“ピッツォケリ”と言う蕎麦で作られたパスタがあり、ロシアの“カーシャ”に代表される蕎麦粥はヨーロッパでも一般的な料理として親しまれているし、フランスのブルターニュ地方では“ガレット”と言うクレープもある。
もともと蕎麦は水田耕作のできない厳しい土地で主食を補う食料を確保するために栽培されてきたが、近年その栄養価が見直されダイエットや健康食品としての評価も上がってきている。
「ところでコレ、どうやって食べるの?」
注文したザル蕎麦が来た時にメェナードさんに聞かれた。
実のところ、食べ方は調べて知っているけれど、実際に食べたことはない。
「いい、周りの人を良く見て」
他のお客さんたちはズルズルと、音を立てながら食べている。
「ここに来るお客さんは、あまり上品とは言えないね」
メェナードさんが呆れたように言うが、このズルズルっと音を立てて食べることが蕎麦を食べる時の作法で、西洋の音を立てないで食べる文化とは全く異なるところ。
「いい? あの様に音を立てて食べるのが蕎麦を食べる時の作法よ」
「ええ! 本当なの??」
「私がやってみせるから、見てて」
箸で蕎麦を摘まんで、少しだけ汁に付けて口に運ぶ。」
蕎麦の先を口に含み、一気に。
一気に……。
「どうしたのサラ!?」
「ナカナカ難しいわね……」
ラーメンを食べたときは、一旦レンゲの中に入れた麺をレンゲごと口に運んだので問題なく食べることが出来たけれど……練習しておけば良かった。
「とにかく麺の先を口にふくんで一気にすすれば良いんだね」
「そ、そうなんだけど……」
「じゃあ、僕もやってみるよ」
“チュルチュル”
ズルズルっとまではいかないけれど、メェナードさんはチュルチュルっと音を立てて一気に口の中に麺を流し込んだ。
「凄~い! どうやったの?」
「チョッと口の先を緩めてみた」
「私もやってみる」
“――チュル”
「出た~~~~♬」
ふたりの初蕎麦体験は、こうして大いに盛り上がった。
その後は“オダQ”の特急電車に乗って箱根に向かった。
東京から神奈川にかけての私鉄電車は南からKQ、トーQ、オダQ、と3本とも“Kyu”と書いて“Q”と読ませる文字が付いて、都心から北を目指す場合の私鉄はトーBU、セーBUとお尻に“BU”を着けて”Ve“と読ます。
これはローマ字と言う日本語アルファベッド。
こんなバカみたいな英語モドキを習わせる時間があるのなら、チャンとした英単語を教えた方がマシなのに、どうも日本人は一寸ピントがズレている。
オダQ ロマンスカーに乗る。
日本の鉄道の多くは、線路幅が標準より狭い狭軌(軌間1,067mm)
線路幅が狭いと言うことは、当然その線路の上に乗る台車の幅も狭くなるのは当然の事。
欧州をはじめ北米、中東やオーストラリアでは殆どの国が標準軌(軌間1,435mm)
では何故、日本は狭軌を採用したのか?
それは鉄道の知識が全くない政治家が、ペテン師まがいのセールスマンに“まんまと騙された”から。
日本最初の鉄道となる新橋~横浜間は、こうして狭軌が採用され、しかも汽車をはじめ資材なども中古品あるいは新古品を新品として買わされた。
この国の政治家は、殆どの時代で無能だ。
まあ、その分我々商人にとっては、やり易いのだが。
狭軌と言っても、特別車内が狭いわけではない。
これは、台車の幅を安全性が確保できるギリギリの広さにまで改造すると言う、涙ぐましい努力の賜物。
けれども新幹線に於いては、それも通用せず結局“標準軌”を採用しているが、ここでも“何故広軌を採用しなかった?”と言う疑問を感じる。
事実、メェナードさんの様に身長180cmを軽く越える外国人にとって普通座席はかなり狭い。
電車が出発して暫く経ち、駅で買っておいた物を取り出す。
「なんだい、それは?」
「駅弁よ」
「駅弁??」
メェナードさんが驚くのも無理はない。
飛行機の機内食に慣れている私たちでも、駅弁を見るのは実は初めてなのだ。
日本以外の旅客鉄道で“駅弁”なる物は存在しないから、海外ではコンビニなどで御菓子を買って車内に散らかして降りると言うのが当たり前となり、食堂車やビュッフェが無い限りまともな食事は摂れない。
私は“幕ノ内”、そしてメェナードさんには“牛肉弁当”を買って車内で風景を楽しみながら美味しくいただいた。
ロシアにドローンのエンジンを輸出するよりも、こういった文化を是非輸出して欲しい。
食べ終わった駅弁の空も、列車の連結部付近にゴミ箱が設置されていて、ゴミの処理に困る事もないので便利。
こういう所は海外の鉄道も目習うべきところ。
箱根に到着し、荷物は宿の迎えの車に乗せて運んでもらうことにして、私たちはバスには乗らないで予約していた貸衣装のお店で着物(浴衣)に着替えて出かけた。
メェナードさんも浴衣を着て、これが見間違えるほど素敵で良く似合う。
ただ下駄は履いたことがないので、靴はサンダルを履いていたが、私は可愛い“下駄”と言うものを履いた。
人力車に乗って街に繰り出すと、周囲の目が急に変わったことに気が付いた。
日本人は外国人慣れしているのかそれともシャイなのか、外国人美女の私が街中を歩いていてもジロジロと見られることはなかった。
ところが浴衣を着ただけで、みんな驚いた顔をして私に注目する。
人力車に乗っているときは、遠巻きにまるでお目当てのアイドルを見つけたようにカメラやスマホを向けられ、街中に入って人力車から降りると何人もの人たちに“写真を撮って良いですか?”って聞かれて撮らせてあげた。
メェナードさんは気が利くので、その度に自ら進んでシャッターを押す係を申し出ていて、チョッとだけ嫌だった。
確かに、この綺麗な浴衣を着ている私は写真に収める価値は十二分に有るとは思うけれど、メェナードさんだって十分イケている。
「エッ、エ、E、Excuse me, can I take a picture with you?」
さっきから私たちを少し離れたところで見ていた20代後半から30代前半くらいのメガネを掛けたおとなしそうな女性が近寄って来て私に写真を撮らせてもらっても良いか聞いて来た。
余程緊張しているのだろう、さっきから話し掛けて来る日本人に対して全て日本語で答えている私に、たどたどしい英語で話し掛けて来た。
“チョッと面倒くさいな……”と思いながら「OK」と答えると、その女性は私に持っていたカメラを預けてきた。
“これは、私に写真を撮れと言うこと!?”
女性はメェナードさんに挨拶をすると、その横にかしこまって並ぶ。
お目当てはメェナードさんね‼
理由が分かると急に胸が熱くなるほど堪らなく嬉しくなった。
“この女性、人を見る目がある!”
メェナードさんだって髪の毛は少し薄いけれど優しそうなイケメンで、それよりもさっきからの行いを見ていれば分かる通り、決して笑顔を絶やさず相手にとって気持ちのいいように自らサービスしてあげられる紳士的な振る舞いは、見た目だけの美しさしか表現できていない私に比べてとんでもないほどの人間としての価値が高い。
チャンと見ていれば分かる。
彼女は、そこに気持ちを打たれたのだと思う。
私は喜んで女性のカメラに2人の大切な記念写真を撮影して上げた。
街を散策した後は、お茶屋さんによって抹茶とお団子といただいて美術館に行き、夕方近くにようやく箱根神社に到着した。
湖の中に立つ朱色の鳥居が美しい。
この鳥居は“平和の鳥居”と言われ、なんだか日本らしい名前。
本殿に向かうには樹齢数百年もある高い木々の間を通る石畳の階段がある。
「大丈夫?」
「大丈夫よ」
お茶屋さんを出た頃から、鼻緒が擦れて足が痛いのを隠していたつもりだったけれど、メェナードさんにはお見通しだった。
「痛っ……」
第四鳥居を抜けて階段を上り、曽我神社がもう直ぐと言うときに、急に痛みが走って思わず声に出してしまった。
「大丈夫?」
「だ……」
答え終わるより早く、私はメェナードさんにヒョイとお姫様抱っこされていた。




