【防衛省での会合(Meeting at the Ministry of Defense)】
宿泊したカプセルホテルでは食事の提供は無かった。
折角近未来的な施設なのだから、宇宙食や非常食の提供などがあるともっと想像力が刺激されるのに……この辺りが日本人の発想力の詰まらないところ。
折角発明した革新的なアイディアも、保守的な殻の中に組み込まれてしまうと、その存在感を失ってしまいプアーな感じになってしまう。
まあ、この国の技術は経営者が殻を破らない限り、永遠に“お茶の間”の技術で終わってしまう。
2日目は“市ヶ谷”に向い、予め会社に連絡を取ってもらっていた防衛省の役人などと会談する事にしていた。
「サラは本当に仕事が好きだね」
「あらっ、メェナードさんは嫌いなの?」
「いや、別に嫌いじゃないけど……」
メェナードさんの言いたいことは分る。
なにも遊びに来ているのに仕事の予定を組み込んだ私に対して、つまり仕事とプライベートは切り離して考えても良いのではないはと言うこと。
確かにそれは一般論としてよく耳にする。
けれども最短でも16時間掛かる日本への旅で、プライベートと仕事を分けて考えるのは効率的に良くないし、こんな切り離しをやっていたのでは飛行機が何機あっても足りなくなるから地球環境的にも良くない。
私の考えは、出来るだけプライベートと仕事が共存できる生活がベストだと思っている。
防衛庁では事務次官をはじめ、防衛審議官、大臣官房長、防衛政策局長、整備計画局長の5人と自衛隊の各装備や世界の最新兵器と今後の世界情勢などについて話し合った。
特に世界情勢は近年世界のどこかで絶えず紛争が起きている状況で、このままこの状態が続けば対岸の火事では済まない事態が世界のどこかで起きることが十分予想できると私の意見を述べたあと、その点について5人の意見を聞くと5人とも私の意見に同意してくれたので私は更に突っ込んだ意見を求めるために質問をした。
「もし、西側同盟国やそれに近い友好国が、中国やロシアと言った東側の深刻な軍事的脅威に晒された場合……つまり侵略された場合、どう対処しますか? 政府の対応ではなく、防衛省としての対応をお聞かせ下さい。無理なら御自身なら、どうするべきだと思うかと言う個人的な意見でも構いません」
諸外国の担当者であればこういった意見を求められれば必ず政府の対応の基本方針を発表してから、自身と政府を切り離して具体的な意見ではないにしろ自分が出来るであろう最善の総合的な判断を披露してくれるものだが、目の前の5人は5人とも押し黙って考えている素振りをするだけに留まった。
本当に考えているとしてもそれを発表しないのであれば、相手の話しに全く耳を貸していない、つまり全く考えていないことと同じ。
日本人の多くは、このことを理解できていない。
まあ、どの質問を投げれば相手がどういった反応をするかは既にシミレーション済みなので、左程驚きもイライラもしない想定内の反応。
では2014年にそれまでの「武器輸出禁止三原則」から「防衛装備移転三原則」を定め条件を緩和したが、いまだに何の実績もない事をどう思うか話を変えて尋ねた。
これは答えるハードルが低かったのか、上手いことセールスを行う基盤が未だ作れていないとか、日本の技術力は認められているものの競合他社との価格競争になるとどうしても折り合わないとか、そもそも戦争や紛争の起きている地域は経済的に厳しい地域であり“ジャパニーズ・ブランド”への需要がないなどの意見が出された。
私が返答に対して責任を持つ必要のない質問に替えたことにより、5人が5人とも急にリラックスして饒舌になった。
そこで前に質問した内容に戻し、今度は更に具体的な例を上げてみた。
「仮に友好国が東側大国の侵略を受け、武器の供与を依頼したとします。勿論これは日本に限らず西側友好国各国への依頼で、当然日本政府へも依頼が掛かったとします。お金の面はさて置いて、これは命に係わる事ですから“安かろう悪かろう”は通用しませんのでご自慢のジャパニーズ・ブランドを見せつける好いチャンスですし、相手国からの依頼ですから先程懸念されていたセールス面での心配もありません。政府から対応をどうするか尋ねられた場合、どうします?」
しばらくの沈黙。
私も黙ったまま、今度は何の助け舟も出さない。
時計の音だけがカチカチと響く室内。
「それは、政府の意見が……」
「その政府から意見を求められていると言う仮定です」
「仮定は、仮定。実際にならないと……」
「防衛計画は全て仮定に基づいて作成とシミレーションが行われれていると思いますが」
「それは、そうですが……」
「実際に日本の製品じゃなくても何の支障もないだろう!?」
「そう言えば、その通り。我が国の装備は、元々有事の際に海外からの輸入が途絶えたときのために国内生産されただけの物。いわば高いだけで性能は“似たり寄ったり”システムなどは海外製だったりする物も多いから、そりゃあ日本製品よりも海外正規品を買った方が良い!」
おっと、意外に本物の馬鹿も居たもので、いきなり防衛装備を各国に売る「防衛装備移転三原則」の卓袱台返し!
呆れて困っている顔を作って見せた私を可哀そうに思ったのか、1人が譲歩案を提示して締めに掛かる。
「どうしても日本製でないと駄目と言うのなら、話は別だが、そういう事も無いでしょうな……」と。
実は私の困った顔は、その言葉を待っていた。
「それが、有るのです」
今度は私の言葉に5人の官僚が困る番。
「……」
いつも通り黙ってしまう。
またカチコチと時計が鳴り響く。
「海外製が代用できない……そんな武器が、日本にあるのですか?」
「あります。特に代表的なものを上げるなら“91式携帯地対空誘導弾”通称“ハンドアロー”と呼ばれるものです」
「ハンドアロー!? あれにしたってアメリカ軍のスティンガーミサイルで充分だろう」
「対戦闘機や対ヘリコプターなら、そう言えるでしょう」
「恐れ入りますがブラッドショウさん。それ以外に何があると言うのです? ハンドアローはパトリオットの代用は出来ませんから、敵のミサイルを撃ち落す事は出来ませんよ」
この男の回答に、周りから少し笑みが零れる。
「ドローンです」
「ドローン!? あの玩具の?」
「一般的には玩具となりますが、軍事的には“RQ-1 プレデター無人偵察機”等の小型無人機を言います。近年では攻撃型や自爆型のドローンも開発されており、今後戦争の無人化はこのドローンが握っていると言っても過言ではありません」
「スティンガーでは落とせないのですか?」
「最近の物は特に優秀で、赤外線の放出を極端に抑えていますので、赤外線ホーミングタイプではかなり厳しいでしょう。詳しい事はロシア製ドローン“オルラン10”の製造に関わっている日本の企業に聞けば詳しいデーターが得られるはずです」
「国内の企業が、ロシア製ドローンを!?」
「エンジン供給に1社、カメラ技術に1社関わっていますね」
「しかし、それならハンドアローでも落とす事は不可能では……」
「ハンドアローには可視光画像誘導があるぞ‼」
「ああ、しかも赤外線とイメージ画像を併用したハイブリッド誘導も出来る‼」
自分たちの装備品に自信を取り戻した彼等は、このハンドアローの他、我々POCから要請が有れば武器の輸出に前向きに答えると言ってくれた。ただし政府の許可が必要だと付け加えたが。
彼等はPOCの事を良く知らない。
我々にとって簡単に動かす事が出来るのは頑固な役人ではなく、その上に居る政治家の方なのだから、この5人の幹部の了解が貰えたことは商談が成立したと言っても過言ではない。




