【日本のラーメンと素晴らしい食文化(Japanese ramen and great food culture)】
19時20分。
飛行機は無事に羽田空港に到着し、僕たちはターミナルの食堂へは寄らないで直ぐにタクシーで移動した。
「サラ、いいの? お腹空いていない?」
「空いているけれど、いつでも食べられる所で食べたくなかったの。ゴメン付き合わせちゃって」
「僕はいいけれど」
「あっ、運転手さん、そこで降ります」
羽田空港を出て、ものの10分も立たない産業通りの交差点を都心方面に曲がって直ぐ、サラは車を止めさせた。
しかも、止まってではなく、降りると言って。
ここに一体何があるのだろう。
コンビニ?
でも、この位置は近くに見える2つのコンビニ店の中間地点。
「サラ、ここは一体……あれっ、サラ!?」
周囲を見渡しているうちに、いつの間にかサラが居なくなっていた。
“誘拐!?”
まさか、ここは中国や南米ではない。
先進国の中でも、かなり治安が良いことで有名な日本だ。
「空いていたよ」
「サラ、一体どこに?」
見るとサラの向こうにはピンク色の看板が光っていて、なにかの記号らしき文字が書かれていた。
「ここは?」
「ラーメン屋さんよ。さあさあ入って入って」
サラも僕も日本に来るのは初めてだけど、日本語を勉強しているサラと違い、僕は日本語が一切分からない。
「ねえ、メェナードさん。何にする?」
「サラは?」
「私はネギラーメンにするけれど、お任せで良い?」
「いいよ」
ラーメン屋かぁ……ビジネスの御供として一度中国に行った時“拉麺”を食べたけど、パスタの様なコシも麺に無くてスープも辛いだけでコクが足りなくて単純な料理だったのを覚えている。
まあ、もっともコレはお店によるところも大きいと思うけれど。
「はいどうぞ」
待っている間に、サラがミネラルウォーターを持って来てくれた。
「有り難う」
良く冷えていて美味しい。
「これ水道水よ屹度」
「水道水! そんなもの飲んで危なくないのか?」
ついイラクやヨーロッパでの経験から、水道水は飲めないと思っていたので焦った。
「日本の水道水は、生で飲めることで有名なのよ」
サラによると水道水がそのまま飲めるとされる国は世界で15カ所しかなく、アジアでは日本とUAE(アラブ首長国連邦)の2か国しかない。しかしUAEの方は管理が徹底されていないから飲まない方が良いと言うことだった。
「日本は大丈夫なの?」
「日本の水道水は水道法によって定められた基準を順守するため、定期的に約200種類もある検査をクリアしなければならないので先ず大丈夫よ」
話を聞いていて、飲み水が家庭や公園などどこにでもある水道と言うインフラから安心して飲む事が出来る日本と言う国が少し羨ましく思えた。
「はい、お待ちどうさま」
「ありがとう」
カウンター越しに店の主人がラーメンを届けてくれた。
サラはネギが沢山載ったネギラーメン。
僕の方は肉が沢山載ったラーメンに、これはもしかしなくても生卵??
「サラ、これは」
「生卵よ」
「と言うことは、このお店は養鶏場と契約していると言う異なの?」
「していないと思うけど」
「大丈夫なの?」
僕の母国アメリカでもそうだけど、世界各国でも卵を生で食べられる地域は少ない。
ヨーロッパならパリの一部とかで、フランス全土ではない。
もちろん卵自体は“生”の状態で販売されているけれど、加熱調理して食べることが前提として販売されている。
理由は食中毒の危険が高いからで、それは誰でも知っている。
生で食べられるのは、厳重に品質管理されたものを供給できる契約農家から出荷された物だけだ。
つまり生食用の“高い卵”
だが日本ではどこの生産農家でもトレイサビリティ―の概念を導入していて、いつどこの業者から出荷された物か直ぐに分る様になっている。(トレーサビリティ=物品の流通経路を生産段階から最終消費段階あるいは廃棄段階まで追跡が可能な状態をいう)
卵は出荷されるまで、ほとんど直接的に人の手で触れない状態で管理されていて出荷時には殻の洗浄と消毒や殻に穴などがないか目視で確認するばかりでなく、強い光を当てて血卵がないかも確認もしている。
「--だから安心なのよ」
「そこまでしているのか」
「昔から、生で食べる食文化が有ったからこその技術ね」
「なるほど。で、これは、どうやって食べるの?」
「これは“卵かけご飯”と言って、卵を美味しくいただく料理のひとつなの。食べ方は、その卵に掛けられている出汁醤油と一緒に、ご飯にかけてかき混ぜるのよ」
「混ぜる!?」
「そうよ。グチャグチャに」
「グチャグチャに!?」
結局、サラに言われるままラーメンと卵かけご飯を食べたが、どちらも本当に美味しかった。
ラーメンは中国で食べた“拉麺”とは全く別物で、麺にコシがありスープにもコクがあって言うことなしに美味しくて、卵かけご飯も最初グチャグチャに混ぜることに抵抗があったものの混ぜているうちに何だか楽しくなって気がつけば夢中になって混ぜていた。
気の済むまで混ぜて、いざ食べてみると単純な料理が故に卵本来の甘さを感じさせる至高の料理だった。
ラーメンも卵かけご飯も、本当に美味しかったが、お店を出たあとでサラに聞いた。
ラーメンを食べるなら、空港に沢山の名店と呼ばれる店があったのに、何故この様な街中の御世辞にも綺麗とは言えないお店を選んだのかと。
サラの答えは明確に的を射ていた。
「だって空港にあるお店は外国人に対しても恥ずかしくないお店でしょう。つまり余所行きのお店。それならパリやニューヨークでも食べる事が出来るわ。でも本当の日本を知るなら、旅行ガイドなんかには載っていない普通のお店のステータスを見る必要があるわ」
さすが好奇心旺盛なサラだけのことはある。
僕たちは将来仕事でこの国の人達と何らかの関係を持つ可能性もあるから、相手の上辺だけを見ていては良い関係は築けないし、上辺に騙されていては良い結果も出ない。
特に先進国とは言われない国々では法律自体があやふやで賄賂や過剰接待が横行していて、うっかりしていると相手の術中にハマり、気が付いた時には騙されていると分かっていながらも抜け出せない状態に陥ってしまうこともある。




