【サラの新しい発明品(Sarah's new invention)】
ところが感心するのは未だ早かった。
飛行機が滑走の中ほどを過ぎ、車輪が浮いたかと思うと今度はAMSLとAGLの数字が上がる。
AMSLは海抜高度で、AGLは対地高度となるのは僕も知っているが、与圧された旅客機のキャビン内では気圧高度計は正確に作動する事は出来ないはず。
キャビン内は人が快適に過ごす事が出来る様に、大体海抜高度1000m程度で与圧されていると言うのが使えない理由。
なのにモニターの画面の数字は1000mを過ぎてもグングン数値が上がっている。
特筆すべきはそれだけでなく、上昇角や左右の振れ角に、なんと左右のエンジン出力の表示まで!
「これはゲームか何かなの?」
「いいえリアルよ」
「リアル!? でも、どうして??」
サラは僕が素直に驚いているのを楽しんでいるように、説明してくれた。
先ず肝となる部分は窓際に置かれた可愛い縫いぐるみで、この中に各種測定機材や受信機が詰め込まれているらしい。
飛行機の進行方向に対する上下角や左右の角度は、縫いぐるみの眼に仕込まれているジャイロコンパスで、エンジン出力は縫いぐるみを固定するために付けられてある吸盤が調音機を兼ねている。
「音を拾っても出力は分からないんじゃないのかい?」
「搭乗する機体と、それに搭載されているエンジンが分かれば、機体を通じて感知できる振動音で大凡の出力は分るの。そこに速度と垂直上下運動量や高度と搭載重量を計算式に組み合わせるとかなり正確なデーターを得る事が出来るわ」
「でも飛行機の場合、速度のデーターを得るのは難しいだろ?」
「だから速度はGPSなどから」
「“など”から?」
「平面を移動する船や地上の乗り物と違って、三次元で移動する航空機だとスマートフォンのアプリにも使われているGPS信号だけでは正確な速度の計算は出来ないわ。だから複数の静止衛星が発信している電波を計算して算出しているの。だから窓際が良かったの」
「そうか、窓際じゃなかったら使えないものね」
「あら、そんな事も無いのよ。真ん中の席でも、どこかの窓にこの縫いぐるみを貼り付けて、天井のトランクBOXに増幅器を入れておけば十分使えるの」
さすがサラ、抜かりはない。
しかし、たかが飛行機に乗るくらいで、どうしてこんなものを持ってきたのか(また作ったのか)を聞くと、聞いた僕よりサラの方が驚いた顔をして答えた。
「ある航空機メーカーの調査によると1996年から2005年までに起きた民間航空機全損事故で明確に原因の分かっている134件のうち操縦ミスが占める割合は55%にも及ぶのよ!この様な状況で何もせずに安穏とフライトを楽しんでいる方がおかしいとは思わない?」
「ま、まあ確かにそうだけど、でも航空機事故って自動車事故みたいに頻繁にあるものじゃないだろう?」
「ハインリッヒの法則によると、1つの重大事故は29の軽微な事故があり、更にその背景には300個のヒヤリハット(突発的な事象やミス)があると言われているわ。もし機長や副操縦士たちがヒヤリハットに気付かなければ、それは確実に事故に繋がるのよ」
なるほど、サラはその状況を確認するためのシステムを構築した訳か……。
「でも異常を見つけたとしても、僕たちは操縦も出来ないし、コクピットにも入れないよ」
「その時は、無線に介入するの」
「無線に介入する!?」
「そうよ。ここを押すと現在この飛行機が送受信に使用している周波数帯が表示されるから、例えば航空管制官に成りすまして高度を上げる様に指示したり逆に管制塔に異常を知らせたりする事も出来るの」
「こんな機能まであるのは凄いと思うけれど、これでは販売目的には使えないんじゃないのかい?」
「もちろんこれは私とメェナードさんの2人だけが使うシステムよ」
「えっ、サラと僕だけのために!?」
「そう。メェナードさんは私にとって家族も同然だから、万が一にも死なせはしない。だから開発をしたの」
サラの気持ちがとても嬉しかった。
(※航空機全損事故の原因割合:操縦ミス55%、機械的故障17%、悪天候13%、その他7%、不適切な航空管制5%、整備不良3%)
21時55分、定刻通りベン・グリオン国際空港を出発した飛行機は、0時10分にトルコのイスタンブール国際空港に到着して、ここで2時20分発の羽田行きに乗り換える。
「大丈夫?」
「ええ、私は大丈夫よ。メェナードさんの方こそ疲れたでしょう。イラクからですもの」
「ああ、大丈夫。ありがとう」
サラはイスタンブール空港のラウンジで紅茶を持って来てくれた。
そうそう。
忘れていたわけではないけれど、サラも研究や勉強に夢中になっていない時は、よく気が利く。
そのサラに、ナトーの事を話せない僕としては、とても気が重い。
「無理しないで、少し顔色が悪いわ」
「ああ、ありがとう」
ラウンジでサラから貰った紅茶を飲んでいると、直ぐに乗り換えの便への登場が始まった。
ここから11時間のフライトを経て、現地時間19時20分には日本に到着する。
再び飛行機の乗ると、さすがに疲れたのかサラは直ぐに眠ってしまった。
17歳になったとは言え、その大人顔負けの容姿と頭脳を持ちながら、寝顔はマダマダ子供らしさを失わない所がとても可愛い。
ふと見ると、サラの作ったフライト状況確認システムが作動したまま。
もう寝ているのに……と、思って液晶画面を閉じようと思った手を止めた。
画面の片隅で何かの文字が点滅している。
“何か異常が起きているのか!?”
身を乗り出して、その点滅している小さな文字を見て驚いた。
“During automatic monitoring(自動監視中)”
さすがサラ。
良く出来ている。




