【オートバイの再生(Motorcycle regeneration)】
100kmの道のりを歩いて行った場合、片道3日かかるとして試験の日は移動できないから、合計7日。
泊まりは野宿するとしても、7日間の食費を切り詰めるわけにはいかない。
何故なら、消費した分だけカロリーと水分を供給しなければ体力が落ちてしまい、予定通りの行動が出来なくなるから。
必要なカロリーは基礎代謝に掛かる1500カロリーにプラスして移動に掛かる1000カロリーと7月の気温により消費されるのが500カロリーとしても、最低でも3000キロカロリー以上が必要になる。
これはクッバに換算すると大人5人分。
食パンなら20枚も食べなければない事になる。
そして必要な水分は6リットル。
ヒッチハイクをすれば簡単に行けるかも知れないが、その場合犯罪に巻き込まれる可能性もあり、そうなれば2度と目的地に着くことは出来無いだろう。
では自転車ではどうか?
自転車なら、盗むのも簡単だし、頑張って扱げば1日で到着できる。
ただし消費カロリーは、1日歩く量の倍以上は必要となる。
しかも徒歩の場合と同じく、現地での野宿も必要となる。
“うーん……”
考えながら歩いていると壊れたオートバイを見つけた。
“オートバイなら!”
そう、オートバイなら100kmの道のりでも3時間もあれば到着するし、試験が終わってからでも帰って来ることは出来る。
しかしこのオートバイは壊れているし、だいいち後ろのタイヤがない。
“盗むか!?”
だが盗んだ場合、警察に掴まる可能性がある。
今、警察に掴まれば、受験も駄目になるだろう。
諦めて歩いていると、また壊れたオートバイを見つけた。
今度のオートバイはまだ新しそうだったが事故に遭ったのだろう、前の部分が滅茶苦茶に壊れている。
これも無理だ。
……いや、ひょっとしたら幾つかの壊れたオートバイを組み合わせれば動くかも!
子供は暇なので、時間はタップリある。
諦めてボーっとしていても時間が過ぎるだけだ。
兎に角やってみよう!
路上で直していたら、誰かに盗まれるだろうから、先ず秘密基地になる場所を探した。
なんとか秘密基地によさそうな場所を見つけたあとは、工具を探した。
これはスクラップ置き場に転がっている、車載工具などを集めて用意した。
探せば車載工具の他にも色々な工具が見つかった。
ここまでは子供にも出来るが、問題はこれから。
どうやって壊れたオートバイを秘密基地に運ぶか。
人に頼むと、その時点で秘密基地は秘密ではなくなる。
とりあえず、後ろタイヤのないオートバイに合う後ろタイヤを探さなければならない。
あいにく前が滅茶苦茶に壊れたオートバイの後ろタイヤは、タイヤに書いてある径が違うので合いそうになかった。
チグリス川沿いを歩いていると、水没している捨てられたオートバイを見つけた。
水に潜って確認したところ、サイズが合う事が分かった。
問題は、これをどうするか。
岸の上に上げるのは大人でも無理。
クレーンが居る。
オートバイ迄の水深は約1メートル……タイヤだけなら外せるかも!
そう、必要なのは全部じゃなくタイヤだけ。
朝、日が上る前に孤児院を抜け出して、スパナの束を持って川に飛び込む。
潜って、どのスパナが合うか確認した後で、今度はそのスパナと同じ径のメガネレンチと鉄パイプを持ってもう1度潜る。
錆びていてナカナカ動かない。
何回目かに、ようやく止め金具を回すことが出来たが、いくら引っ張っても外れない。
“何故?”
“よく考えろ、サラ!”
もう1度潜ってよく見ると、ホイールの付け根に直径5㎜程の棒が付いているのが分かった。
ブレーキ作動用の棒だ。
ところが、この棒を繋いでいる10㎜のビスが錆びて角が取れているため、レンチが掛からない。
俗にいう“舐めている”状態。
レンチは諦めて、マイナスドライバーとハンマーを持って潜り、ドライバーをナットの角に当てて緩む方向にハンマーで打ち付けて行く。
音がハッキリと聞こえるのは水の中だから。
空中での音速は秒速340m。
水中になると、それが5倍近い秒速1500mにもなる。
それだけ水は音を伝えやすいから、大きく聞こえるのだ。
余計な事を考えながら、何回も息継ぎのために水面から顔を出してはまた潜り、そしてようやくタイヤを外す事が出来た。
ビショビショに濡れた衣服も、秘密基地に着く頃には40度近く上がった気温のおかげでスッカリ乾いていた。
次の日にはタイヤを取り付けて、一旦秘密基地まで運び、それから一旦分解して組み立て直す。
その間に錆びた部品はエンジンオイルに付け込んで、錆が取れやすいようにして置いた。
昼間は図書館に行って構造を学び、夕方は部品取りできそうなスクラップを探し、組み立ては主に早朝に行った。
ようやく組上がったものの、バッテリーが使えないのでエンジンが掛かるかどうか分からない。
とりあえずバッテリーを充電できるように配線を組んでみたが、12Vまで充電しても電流容量が足りなくてランプ類は点灯するがセルモーターは回らなかった。
キャブレターの調整も、そこまで燃料が来ていることも確認できているので、クランクさえ回せれば必ずエンジンは始動するはず。
押しがけは、自動遠心クラッチなので出来ない。
“……出来ないが、不可能ではない!”
自動遠心クラッチは、通常バネで縮められている部品が、高速で回されることによりバネの圧力を振り切って本体に張り付くことでタイヤに駆動力を伝える仕組み。
もし、この張り付く仕組みを遠心力に頼らず、手動でコントロールできたならタイヤを回すことでクランクを回すことが出来るはず。
クランクを回すことが出来ればジェネレーターと言う電気を発生させる装置も動くし、ピストンも動く。
ピストンが動けば、キャブレターから燃料を受け取る事が出来る。
何日かかけて、ついに手動操作を出来るようにした。
これで、押し掛けでエンジンを始動させることが出来る。
最初のエンジンの始動は、電気を頼る事にした。
家庭用電源から12ボルト3.2アンペア―を出力できるコードをバッテリーに直接繋ぎセルモーターのスイッチを押す。
軽快に周り始めたセルモーターにつられて、断続的にエンジンに火が入り出す。
そして5分も回さないうちに、エンジンの回転数が安定した。
エンジンが掛かる事を確かめて、今度は押し掛けを試した。
手動レバーを離した状態、(つまりギアがニュートラルの状態)でオートバイを勢いよく押して、飛び乗った瞬間にレバーを握ると、自動遠心クラッチが強制的にニュートラルから走行状態に入り、回っているタイヤからの駆動をベルト介してクランクシャフトへと逆に動いているのが分かる。
そしてクランクシャフトからシリンダーに伝わった動力がキャブレターから空気を吸い込み、その空気の流れに沿ってフロートタンクで眠っていたガソリンが吸い上げられてジェットニードルから細かい霧となって噴き出されてシリンダー内に入り、圧縮と共に灯されたスパークプラグの火に反応して爆発してエンジンを動かせた。
これで試験に行ける!
アクセルを開けると、オートバイは軽快に路面を滑るように走った。