【グリムリーパーの正体は?①(Who is Grim Reaper?)】
赤十字難民キャンプには、先の戦争や紛争で家や職を失た人が大勢いる。
中には様々な事情から、家があるにも拘わらず命の危険があり返れなくなった人も居る。
ここに居る人たちは様々状況から、この砂漠の真ん中でテント暮らしを強いられている。
テントと言っても僕たちがキャンプや登山に行くときに使う快適なものではなく、トーベ・ヤンソンの小説ムーミンの登場人物スナフキンが使っている様な布で出来た三角テント。
中には誰かの寄付か自身の持ち込みなのか分からないがメーカー品のテントもあるが、それを“家”として常用使いするには無理があり薄いナイロン繊維がボロボロになって居て、その穴を塞ぐために使い古した布切れをあてがっている物も多くあった。
中には昼間の暑さから逃れるためなのか、木の棒を立ててその上に布を引っ掛けて屋根にしただけの物もあった。
せめて仮設住宅くらいは建ててやりたいが、国際赤十字は国連の管轄ではなく寄付で成り立っている法人だから、そこまでの金銭的余裕はないから仕方ない。
これが戦争。
ただ兵士たちが武器を持って戦う事が戦争ではなく、建物や人間を含めた全ての生き物を巻き沿いにして、その命だけでなく生活環境や人間関係そして精神さえも破壊しつくすことこそが戦争なのだ。
兵士たちは、そのために武器を使っている操り人形に過ぎない。
そして戦争を好む人々が居る限り、こういった状況は果てしなく続く。
外部の人間に対する難民キャンプの住人の反応は大きく分けて2つ。
物乞いをする者と、警戒心を露わにする者。
どちらをとっても有難いとは言えない。
彼等を無視して、赤十字の本部棟に向かう。
本部棟と言っても、チャンとした建物が立っている訳ではなく、大きなテントがあると言うだけ。
僕はCNNの海外特派員を名乗り本部棟に行き所長に取り次いでもらい、グリムリーパー暗殺作戦が行われた6月14日に、この赤十字難民キャンプを頼って身長150cm前後で怪我をしたイラン人が訪れていないかと尋ねた。
所長は何の目的でそういう事を聞くのかと如何わしい顔で僕の事を見るので、僕は“行方不明になった友人を探していて、友人は何かの事件に巻き込まれて身を守るために姿を隠した”と嘘をつき、架空の彼が僕に宛てたという設定の偽の手紙を見せた。
所長は少し考えてから、その様な人物を受け入れていない事を教えてくれた。
当てが外れた。
最後に所長にSISCONを知っているか? と聞くと、彼は苦笑いを浮かべて答えた。
「一応知っている」と。
まさかSISCONのエージェントではないとは思うが、知っているのなら何とか脈は有りそうだったので、どの程度知っているのかと聞いてみた。
「いや……まあ私の場合、姉は居たのですがそれほど姉も美人ではなかったので恋をするほどではなかったのですが、世の中には実の姉や妹に特別な思いを抱く人が居るらしいですな」
「はあ」
駄目だこれは。
そう言えば確かにSISCONと言う和製英語もある事は確かだが、その事を今この場で僕が聞くわけがない。
この人は何も知らない。
結局、無駄足だった。
僕の考えは、所詮サラには遠く及ばない。
ギブアップだ……。
能力を行動力でカバーする事は出来ないのか。
真直ぐ前を向いていた僕も、とうとう項垂れてしまうときが来た。
水の入った桶が、その水面に俯いた僕の顔を映す。
映し出された僕の顔を中心にして特殊効果の様に波紋が広がり、まるで魔法を掛けられた様な姿になる。
今の僕にあまりにも似ていて笑える。
そのままその桶は、僕の前を通り過ぎて行く。
桶は、この難民キャンプに住む少年が運んでいた。
少し紫色がかった銀髪が何故かとても印象的で、僕は魂を奪われた様に遠ざかるその後ろ姿ずっとを見つめていた。
一陣の風が少年のショートヘアーを靡かせ、その銀色の髪が傾いてゆく太陽の光に染められて金色に輝く。
「サラ!」
思わずサラの名前を呼ぶ。
ロングヘアーのサラとは似ても似つかない、難民キャンプの少年なのに。
「そう言えば、あの子がここに運ばれてきたのも6月14日だったな」
所長が僕の横で呟く。
「運ばれてきたとは?」
僕は慌てて、詳細を尋ねた。
「いやあ、それが酷い怪我でねえ。まるで戦争に巻き込まれた様に、全身傷だらけで埃にまみれていてね」
グリムリーパー暗殺作戦で、あのアパートの住民の他にもう一人、通行人が巻き添えになっていたのか?
「で、怪我の状態は?」
「サオリー、水汲んできたよー!」
僕が所長と話している向こうで、少年がサオリという名前を元気よく呼ぶ。
「高所から転落した事による、全身打撲と肋骨の骨折だな」
“高所からの転落!?”




