【ローランドの死④(Roland's death)】
ローランドの死から1週間が経過した。
グリムリーパーが最後に狙撃を行った地点から半径500m以内の地域は、今も多国籍軍が封鎖したまま。
ファルージャに限らず、周辺の各病院にもパトロール隊が踏み込んで不審な怪我人が収容されていないかチェックされている。
まさにハエの一匹も逃さない体制。
それでもグリムリーパーは網にかからない。
あれから私はグリムリーパーの正体を明らかにするために、砲撃で崩れた瓦礫のピースを集めては組み合わせている。
ゴッド・アローの特徴は精密な着弾性能だけでなく、砲弾が爆発した瞬間の状況を残す事が出来る事も大きな特徴となる。
威力の大きな有効範囲20m以上の炸薬を搭載したものにはその機能は無いが、炸薬量の少ないタイプには炸薬が爆発した瞬間、真っ先に特殊塗料が噴き出す仕組みになって居る。
つまり、爆風に巻き込まれた人間には特殊塗料が付き、その者が居た後ろ側の壁には影が出来て塗料が付着しない部分が出来ると言う訳。
これにより死体が敵の手で回収された場合でも、どの様な人間が何人爆発に巻き込まれたのかが、その者により出来た影で分かると言う仕組み。
ただそれを証明してみせるには人間の手で、ひとつひとつの瓦礫を組み直して平面の壁に戻す作業が必要になる。
私は今、空軍基地の航空機倉庫の片隅に大量の瓦礫を持ち込んで、粉々に砕け散ったピースを組み合わせて爆発した部屋の壁の復元作業をしている。
「どう、進んでいる? 手伝おうか?」
「ああメェナードさん、いいよ。そっちはどう?」
「依然手掛かりは無し。現場に残された血痕からDNA鑑定を行おうとしたんだけど、なにか特殊な薬剤が散布されたみたいでDNAそのものが破壊されて解析は不可能だった」
「病院を調べても何の手がかりも得られていない事も含めて、グリムリーパーを助けた奴は医学の知識のある者に違いないわね」
「ところで、明日はドイツでローランド・シュナイザー中尉たちの葬儀が行われる日だけど、行かなくて良いのかい?」
「どうして私が、お葬式に出るためにドイツまで?」
「ああ、すまない。チョッと小耳に挟んだのだけど、仲が良かったと聞いたから……」
「まあ、確かに美男子だし、気が合ったから仲良くしていたけれど、それだけよ。それに、今は亡くなった人に構っている暇はないの」
「そうか……あんまり無理しないで、僕で何か手伝える事があればいつでも手を貸すから言ってね」
「有り難う」
「じゃあ僕はこれで帰るけれど、サラも早く寝なさい」
「うん。おやすみなさい」
メェナードさんが帰ったあと、堪えていた涙が溢れ出す。
美男子だったからじゃない。
気が合っただけでもない。
私がローランドと付き合っていたのは、好きだったから。
パーティーで初めて会ったときから、好きだった。
出来るならドイツに行きたい。
でも命の火が消えてしまったローランドを追って、彼の家族と会ったところで“一緒にドイツに行って家族に会う約束”は叶わない。
私は溢れ出る涙も拭わずに、ひとり黙々とピースの組み立て作業を続けていた。
ローランドの死から2週間が経った。
私は今日もピースを組み立て続けている。
412号室のキッチンで死亡が確認された母親以外の人間で、崩壊した部屋に居た少女のシルエットは既に完成し、いま取り掛かっているのは更に現場に居た第三者。
つまりグリムリーパー本人のシルエット。
何故か奴のシルエットは少女のシルエットと重なっていて、いまいち全容が分かりにくくて昨日から妙にイライラする。
ただ奴の傍に、壁に立て掛けられたAK-47のシルエットが既に確認されているので、こいつがグリムリーパーであることは間違いない。
絶対に奴の正体を暴き出してやる。
見た目で分かるのはシルエットだけだが、このシルエットを三次元化する事によって大凡の身長や体重の他に性別も分る。
深夜になってようやく完成した奴のシルエットが妙に小さい事だけが分かるが、これは遠近感の分からない影の段階では、本当に小さい男なのかどうかは三次元化の作業が終了するまではそれを判別する事は難しい。
出来上がったシルエットをカメラで撮影して、今度はパソコンで三次元化の作業に移る。
幸な事に少女の身長や体重等の外見的特徴は、遺体を元に完璧なデーターが取れるので、後は様々な角度や距離に照らし合わせて奴の本当の姿を浮かび上がらせるだけだが何度シミュレーションを繰り返しても、おかしなことになる。
パソコンに浮かび出されたグリムリーパーのシルエットは、身長150cm前後の少女と同じ体型。
“これは一体どういうこと?”
まさか、グリムリーパーの正体はがこんな小さな男だったなんて。
衝撃の結果を知ったとき、下腹部に急に痛みが走った。
“えっ!冗談でしょう!?”
慌てて股間に手をもって行く。
再び手を目の前にかざすと、指には薄っすらと赤い血が付いていた。
“生理!?”
その事に気付いた瞬間、ローランドの死と同様に激しい悲しみと絶望が襲い、私はまるで椅子から転げ落ちるように泣き崩れてしまった。
「どうしたサラ‼」
椅子から転げ落ちた物音と、私の鳴き声を聞きつけた隣の部屋に居たメェナードさんがドアを叩くが、絶望と哀しみに心を支配された私は返事も返せずにただ泣き崩れるだけ。
「入るよ‼」
ドアを開けて慌てて入って来たメェナードさんに抱きかかえられて、ようやく言葉を出す事が出来た。
「赤ちゃんを産めなかったの……」
「赤ちゃんだって!??」




