【ローランドの死③(Roland's death)】
メェナードさんは直ぐに私に気が付くと、作業を中断して私の所に駆けて来ると、見た事も無いくらい硬い表情をして謝ってきた。
「理由を説明して、もう話せるんでしょう?」
裏切られた気持ちの私は、冷たい声で理由を聞く。
大凡の事情は既に理解したが、メェナードさんから説明して欲しかった。
メェナードさんが本部に連れ戻されていたのは屹度このためで、戻って来たときに私が気まずく感じていたのはローランドと付き合っていたからではなく、メェナードさんが私に隠し事を持っていたから。
「すまない」
「2度も謝らなくてもいいから、さあ話して頂戴」
メェナードさんが重い口を開き教えてくれた内容は、グリムリーパー暗殺作戦の裏舞台。
アメリカ軍をはじめとする多国籍軍がグリムリーパーの暗殺に躍起になって居る反面、我が社はそのグリムリーパーの捕獲に向けて動いていた。
私が開発していた狙撃砲ゴッド・アローを支援してくれていたのも、同じ理由。
つまりグリムリーパーもゴッド・アローも要人暗殺用に使用できる武器だと言う事。
本部の誰の指示なのかは、当然メェナードさんは話してくれない。
だけどそんな事は直ぐに察しが付く。
POCの組織には穏健的思想の持主と過激思想の持主の2つの派閥がある。
もちろん表立ってそれぞれが穏健派や過激の強硬派という看板はぶら下げてはいない。
穏健派は主に各国を取り巻く環境や軍事情勢に基づき防衛を目的とした装備プランを提案するのに対して、強硬派は各国に居る過激思想を持つ政治家や企業を焚きつけて紛争の火種を作り武器を売る。
あちこちでテロや紛争が頻発している現在は、当然のように強硬派の方が売り上げは好調。
組織内でも強硬派と言われる幹部の面々が、かなり幅を利かせているのは確かで、その強硬派がメェナードさんに命じたのがグリムリーパーの捕獲。
だから私の指示した30mタイプの炸薬を使用せずに殺傷力の低い5mタイプの炸薬を使用したわけで、私より現場に早く到着したのは成功を確信していたメェナードさんが155mm榴弾砲の発射後直ぐにここに向けて車を出していたから。
「で、捕獲作戦は成功したの?」
「それが……」
メェナードさんが、不安な表情を見せる。
「それが、どうしたの!?」
私も不安が伝染し、焦ってその先の言葉を促す。
「僕より先に到着した誰かが、連れ去った」
「誰かって、人が居たのならここに布陣していた狙撃班の目撃者がいるでしょう?」
「それが、誰も見ていないんだ」
「まさか!」
軍部はグリムリーパーの暗殺に躍起になって居たから、止めを刺す事は有っても連れ出して逃がすと言う事は有り得ない。
POCが動くにしても、この場所を外部の人間に特定されないように2重3重のセキュリティーが掛けられていたのでメェナードさんよりこの場所に近い所に居たとしても現場に居る即応部隊よりも早く来ることは出来ないはずで、それが出来たと言う事は偶然ここに居た誰かかそれとも内通者が居たと言う事なのか……。
「でも、グリムリーパーが既に逃げていたと言うことは考えられないの?」
「それは無い」
「どうして?」
「現場にはグリムリーパーが使用したと思われるAK-47が落ちていたし。有効範囲20m以下の砲弾には特殊な塗料が詰められているから、残った部屋の壁には爆発で3人が巻き込まれた証拠が映し出されていた」
「この家に住む住人の人数は?」
「母親と学校に通う女の子が2人。2人の子供うち1人は現在学校に行っていて、もう1人は病気で学校を休んで家に居た」
「本物の自動小銃を持ったお客さんが遊びに来ることは考えにくいから、やはりグリムリーパーが居たと考えるのが普通ね……で、あとの2人は?」
「お母さんは爆風で吹き飛ばされて部屋の入り口に叩きつけられて、子供の方は崩れた4階の部屋から転落して、共に死亡が確認された」
「4階から瓦礫と共に転落して、自力で逃げ出せるとは思えないね」
「ああ。だから脱出を手伝った者が居た事は、確かなんだ」
「それって、もしかしてザリバンの仲間?」
「それは有り得ない。この包囲網からの出入りには多国籍軍のチェックが入る。当然イラク人となればザリバン兵を疑われるだろうからチェックは厳しくなるから、負傷兵を連れだそうとすれば直ぐに見つかるだろう」
なるほど、メェナードさんの言う通りだ。
でもこの包囲網の中に留まっている可能性も考えられるが、それはさすがに多国籍軍も考えたらしくその日のうちから1軒1軒虱潰しにパトロール隊がチェックして回ったので、逃げ出せたのは武器を捨てて民間人に成りすました怪我をしていない者だけ。
全てが終わったその日の夕方、私はやっと死体安置所に赴くことが出来た。
手続きを済ませてローランドの入った遺体袋のファスナーに手を伸ばす。
両親が死んだ事実を突きつけられた時、左程動揺もしなかったのに、今は何故か指先が震えている。
その震える手で、ゆっくりとファスナーを開き、現れたのは少しだけ白くなっただけのローランド。
まるで長い休暇を家の中で過ごしているみたいに穏やかな顔。
今まで奴を研究するために奴に殺害された数々の遺体の写真を見てきたが、額に銃弾を食らっていない綺麗な顔のまま死んでいるのはローランドが初めて。
ローランドの死因は頸動脈が損傷したことによる出血死。
私がローランドの傍に居られたなら、決してグリムリーパーなどに殺させはしなかった。
“嗚呼、ローランド……”
目から1滴の滴が零れ、ローランドの綺麗な頬に落ちた。
体温の無くなった冷たい頬。
私は慌ててその滴を手で優しく拭う。
だけど、何度拭っても次々に零れ落ちる滴は拭いきれない。
こうして何度も拭っているうちに摩擦で頬が温まり、その熱が体全体に広がって息を吹き返してくれれば良いと思ったが、出血死である以上そんな事は有り得ない。
普段は神様の様な抽象的なものも信じず、有り得ない事など願いもしなかったのに、今だけは神様を信じて奇跡を起こして欲しい。
どうかお願いだから私のローランドを返して下さい。
ローランドのご両親と会う約束を叶えたい。
そして私は、ローランドと、家族を持ちたいのです。
神様、是非ローランドに奇跡を……。
だが神は何も返事をしないし、奇跡が起こる事も無い。
私は冷たくなったローランドの亡骸に、しがみ付きいつまでもいつまでも泣き続けた。




