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【ローランドの死①(Roland's death)】

【ローランドの死①(Roland's death)】19

 微かにシューッと言う風切り音が聞こえたかと思う間もなく、ラルフ軍曹の悲痛な叫び声が届く。

 ≪やべえ、今直ぐ止血してやる。ハンス司令部にいち≫

 ラルフが喋り出した途端に1発の銃声が聞こえ、ラルフの言葉が途中で止まってから1.3秒後に2発目の銃声が聞こえ、更にその4秒後ハンスからの無線が入ると同時に3発目の銃声が聞こえた。

 ≪狙撃位置E33.365115, N43.766084古い公営住宅4階にある西向きの部屋。部屋番号は412!≫

 <了解ハンス、今から攻撃に移ります>

 ハンスの指示は完ぺきだった。

 だが今直ぐに弾頭を変える暇などない。

 犠牲は覚悟で用意した30mタイプの物を撃つしかない。

 <メェナードさん、発射準備は?>

 ≪いつでもOKです!≫

 <では、発射をお願いします>

 ≪了解!≫

 直ぐにドンと言う激しい音が聞こえた。

 発射して9秒間のうちに弾道計算を済ませ、補正して、後はAIに任せる。

 これで完璧に支持された公営住宅の4階にある西向きの部屋に着弾する。

 ハンスからの無線を受けて5秒後には発射しているので、グリムリーパーが最後の射撃を終えた30秒後には着弾する。

 弾薬は有効範囲30m。

 着弾と共に公営住宅は木っ端微塵。

 どんなに急いで逃げたとしてもビルの4階から逃げ出せる余裕はないし、仮に逃げ出せたとしてもビルの倒壊による瓦礫の餌食になるだけの事。

 それよりも問題はローランドの安否。

 グリムリーパーが狙撃を失敗するはずは無いが、ラルフ軍曹の最後に言った言葉は“今直ぐ止血してやる”だから、致命傷を負ったのではないかも知れない。

 絶望を目の当たりにするまで、私は決して希望は捨てない。

 ハンスから見事に着弾したと言う報告があった。

 現場にいる彼に聞けばローランドの状態は直ぐにでも分かる。

 ただしハンスはローランドの弟。

 兄のローランドが亡くなっていた場合、私が聞くことにより彼は兄の死を作戦の協力者と言うだけで他人の私に伝えなくてはならない。

 会ったことも無い人に、大切な兄の死を……死の安売りにさせたくはないし、彼の辛さも理解できる。

 だから私はハンスには何も聞かなかった。

 もしハンスの方から、兄の死を伝えられたとしても、私は信じない。

 決して死の現実から目を背けようとしている訳ではないし、何よりもまだローランドの死が決まった訳ではない。

 私はこの重大な問題に対して、私以外の何物の声にも耳を貸さない。

 私が信じるのは、私の眼で確認した事実だけだ。

 司令部から作戦の終了が伝えられると、喜び合う管制塔の担当者たちを背にして、真っ先に下に降りた。

 予め下に用意してあった車に乗り込むと、あらん限りの力を込めて思いっきりアクセルを踏み込む。

 乱暴な扱いに驚いたタイヤが悲鳴をあげて、エンジンが怒る様に唸りをあげる。

 砂埃と排気ガスを混合させた煙を巻き散らしながら。

 ブレーキを踏んで減速などしない。

 ブレーキを踏むのは、車の進入角度をコントロールするためだけに使う。

 軍用空港の検問所に架かるバーを木っ端微塵に薙ぎ倒して、信号も無視して走行する車列に割り込み、その車さえも追い越して突き進む。

 矢のように流れる景色も私の眼には入らない。

 私の眼に映るのは、18km彼方かなたで私を待っているローランドの姿だけ。

 目の前に居る車が一瞬にして後ろへと流れて行き、接触してくる車がユックリと破片を吹き飛ばす。

 周囲の時間の進みが恐ろしく遅く、そして早く感じる。

 まるで私たちだけが別の世界を彷徨っているよう。

 “サラ、慌てなくていいよ。俺はここでずっと君の到着を待っているから”

 不意にローランドの声がした。

 “ローランド、アナタは今、どこに居るの?”

 今まで見もしなかったルームミラーに人影を感じて前方から目を離すと、そこに映っていたのは追い越したトラックの陰から飛び出して来る男の子の姿。

 男の子は迫って来る私の車に気が付かず、そのまま前を通り抜けようとしている。

 なんで後ろを映している鏡に、前の光景が?

 直ぐに視線を前方に移すと、そこには急速度で迫って来る大型トラックの荷台。

 慌ててハンドルを操作して衝突を回避する。

 “このトラックの陰から、あの男の子が飛び出して来る”

 もうブレーキは間に合わない!

 私は未だ見えても居ない男の子を避けるためハンドルを切り、この日はじめてブレーキを使って減速を試みる。

 車の向きを斜めに変え、ブレーキで失ったタイヤのグリップを取り戻すためにアクセルを再び踏み加速する。

 トラックに並びかけた時あの男の子が飛び出してきたが、既に向きを変えトラックとも離れている私の車は彼の少し前を通り過ぎ、跳ねてしまう事は無かった。

 男の子が急に現れて、前を猛スピードで通り抜けていく車に驚いて悲鳴をあげたのか口が大きく開く。

 虫歯ひとつ無い綺麗な白い歯は、歯並びも良い。

 けれども奥歯にポップコーンのトウモロコシの殻が挟まっている。

 “早くお家に帰って、歯磨きをしなさい”

 男の子から目を離すと、赤信号の交差点を斜めに横切り、反対車線に飛び出した私の車はまるで産卵のために川をさかのぼって来る鮭の群れに逆らって突っ込んでいるよう。

 まだタイヤのグリップが回復していないので、私には迫り来る幾多の鮭の群れを避ける術がない。

 あれほど早く感じていたのに、いざ群れの中に突っ込むと意外にユックリとした流れに感じる。

 時間なんていい加減なもの。

 その時の状況によって速さが変わる。

 群れの動きに対して斜めに突っ込んだ車の後部に誰かの車がぶつかり、車の向きが流れと平行になると同時にタイヤのグリップも回復し、真正面から襲い掛かって来る群れの波を避けながら、やっと本来私が進むべき流れに戻る事が出来た。

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