【親睦会で出会った男②(Germans I met at a social gathering)】
「ああ、君があのゴッド・アローの! 凄い発想だよね“対人狙撃砲”作戦会議で実射実験の資料映像を見たけれど、これがあればもう僕たちの出番はない」
「“出番がない”と、言うと?」
「ああ、サラ。ローランド・シュナイザー中尉は、先のオリンピック・ライフル射撃でシルバーメダルに輝いた超一流の狙撃手です」
「超一流だなんてマダマダですよ。今回もゴールドメダルには届かなかったのだから」
スポーツの分野に疎い私に、メェナードさんが相手の素性を説明してくれた。
オリンピックでメダルを獲得した選手の名前くらいは常識的に知っている。
このローランド・シュナイザーと言う人は、先に行われた夏季オリンピックの射撃競技で2大会連続のシルバーメダルを獲得した選手で、冬季オリンピックのバイアスロンではゴールドメダルも獲得している世界有数のスナイパー。
名前は知っていたが、こうして会うのは初めて。
意外に普通。
と言うか長身で肩幅が広くて、しかも顔も凄いハンサム。
内面も、突かれてバランスを崩した私をスッと支えてくれるところは好感度が高い。
「ねえ、メェナードさん……」
何か自分でも良く分からない不安を覚えてメェナードさんの腕を取ろうとしたところ、さっきまで私の隣に寄り添っていてくれたはずのメェナードさんが、いつの間にか私から離れてどこかに行ってしまっていた。
“もうっ!肝心な時に……”
何が“肝心”なのか自分でも分からなかったけれど、こんな不安や緊張に似た気持ちを、相手を前にして感じるのは初めて。
「一応立食と言う形を取っていますが、向こうにイスとテーブルも用意されていますから混み合う前に占領しておきませんか?」
「あっ、ハイ」
急にローランド中尉に言われて、その言葉の奥に何が隠れているのかなど何も詮索せずに慌てて返事をしてしまった。
返事をしてから急に憤りを感じる。
“私はまだアナタと一緒に食事をするなんて言っていない! しかも私に聞きもせずに、まるで初めから決定しているように堂々と言うなんて何てデリカシーのない人!”
「あっ、ゴメン。良いか悪いか君に確認を取るのが先だったのに、つい動揺してしまって。改めて伺います。いや、お願いします。一緒に食事をして貰えますか?」
私の困惑した気持ちに気付いたのかどうか分からないけれど、ローランド中尉が言い直してくれた。
「ハイ、私で良ければ」
中尉の言葉に急に胸が熱くなり私の中に居る誰かが勝手に心臓の鼓動を打ち鳴らし、その拍子に咄嗟に返事をしてしまったが、“私で良ければ”って一体何!??
私の価値は“良ければ”と付け加えなければならないほど低くはない!
言い換えるなら“アナタが、どうしてもそれを望むのであれば、考えないわけでもないわ”だ。
まだ間に合う。
言い直そう!
「あの……」
言い直すために振り返ると、もう私の隣には中尉は居なかった。
急に襲って来る不安。
もしかして、私の高慢な気持ちを悟られたのかしら……。
不安の後に、後悔が宿り、やがて心配に代わる。
沢山の人で賑わう中、立ち止まって探すと、ローランド中尉は向こうの方で器用にトレーを2つ持ち飲食物の確保に精を出していた。
トレーを2つも持っていると言う事は、その一つは私の分なのだろう。
テーブルが無いと、トレーの置き場に困る。
トレーを持ったまま立食している姿を想像して“馬鹿だ”と思い、慌ててテーブルの確保に向かった。
初動が遅れてしまい、一番端にある2人用の小さなテーブルと椅子を2脚確保するのが精一杯だった。
椅子に座り、コンパクトを開いて鏡を見る。
いつも綺麗な私の髪が乱れていないかチェック。
でも、一体なの為?
何やっているんだろう、私!
慌てて、隠すようにコンパクトを仕舞う。
そう言えば中尉は、私の好き嫌いも聞かずに勝手に食品と飲料を取りに行っている。
少しでも嫌いなものが混ざっていたら、この会談は御破算よ‼
それにしても華麗!
椅子に座って、私はローランド中尉のトレーの持ち方に見入っていた。
トレーを2つ持て、と言われれば普通は左右の手で1枚ずつ持つはずで、その状態でトレーに食品を乗せようとすれば、毎回どちらかの手に持つトレーを置かなければならない。
けれども彼は、片手で2つのトレーを上手に持ち、空いた方の手で器用に食品を乗せている。
人にも注意をはらい、その動きは自由自在。
まるでベテランの給仕係そのもの。
逆にメェナードさんだったら、両手にトレーを抱えて今にもそのトレーを落としたり他の人にぶつかったりするのではないかと私をハラハラさせながらトレーに乗るだけ食品をかき集めていた事だろう。
そんなメェナードさんの様子を想像するだけで、思わず微笑ましくって口角が上がる。
そんな時、中尉がドリンクのコーナーに立ち止まった。
お酒からジュース、ミネラルウォーターに至るまで、沢山の飲み物が置かれている。
さて、ローランド中尉は、私に何を呑ませるつもりなの?
ここで、中尉が何を取るかでこの会食の運命は決定的に決まる。
自分がお酒:私にもお酒=×
自分がお酒:私には違う飲み物=×
自分がジュース:私にはお酒=×
自分がジュース:私にもジュース=×
自分がミネラルウォーター:私にはジュース=×
自分がミネラルウォーター:私にもミネラルウォーター=〇
唯一受け入れて良いのは、お互いがミネラルウォーターの場合だけ。
食後のティータイムに飲む珈琲や紅茶に関しては特に注文を付ける気はない。
ただ、私の前で煙草を吸い始めるのであれば、それは破滅を意味する。
ワクワクしながら見ていると、彼が黄緑色っぽい液体が入ったグラスをトレーに置くのが見えた。
1つ取ったのは確かだが、その後は人が邪魔して見えなかった。
ペパーミント系のカクテル?それともメロンソーダ?
いずれにしても外れだ。
彼がそれを持ってくる前に、取り換えるよう注意しに行かなければ!
慌てて腰を上げようとしたとき、他の人に「空きますか?」と声を掛けられて慌てて座り直す。
「いえ、連れを待っているので……」
“連れ!?”
“待っている!??”
自分の言葉に、自分が驚き、自分に突っ込みを入れる。
ここに居る事だって、彼が勝手に決めた事で、私は彼に従ってこの席を確保したに過ぎない。
彼に“従って”!?
何のために私が彼に従わなければならないの?
冗談じゃない!
メェナードさんを探さなければ。
もう!メェナードさんったら、こんな時にどこに行ったのかしら……。




