【思春期⑤(Sarah's puberty)】
ペンタゴンでのプレゼンが終わって丁度1週間後、研修所の夕食の時間に所長が来て、社の口座にアメリカ国防省から100万ドルの振り込みがあったことを知らせてくれた。
研修期間中のビジネスの成功は、この研修所創立して初めての快挙。
しかも100万ドルと言えば、イスラエルの平均年収で30年分にあたる。
開発費用はイスラエル政府から取り付けたものなので差し引く必要は全くないわけだが、それとサポート費用や生産コストなどをこの案件から全て差し引いたとしても70%以上の利益は確保できているからかなりの利益が出たのは間違いない。
所長の発表にルーシーをはじめとするクラスの皆がお祝いしてくれ、なんと私の事を“サラサイト”と侮辱していたダニエルたちまでも少し悔しがりながらも称えてくれた。
一応所長をはじめ祝ってくれる皆には、ありがとうを言ったが、私の目的はこんな事ではない。
そう。
本当の目的は私の友達を殺害した、あのグリムリーパーをこの世から抹殺する事。
100万ドルという金額は只の私のプライドで、決して会社を喜ばす為のものではない。
皆が歓喜の輪を作ってくれる中、私の心にはメラメラと復讐の炎が燃え上がって来ていた。
それから1週間後にイラクの米軍ラマーディー・キャンプから招集が掛かった。
ついに、グリムリーパー暗殺作戦が発動されたのだ。
招集が掛かったその日は、各種手続きに忙しく振り回された。
なにしろ武器を国外に持ち出すのだから、その輸送手続きはイスラエル国内だけではなく、持ち込むイラクやその間に通るヨルダン政府にも許可を取る必要がある。
今回はアメリカ軍のM198 155mm榴弾砲を使用するので大砲は運搬する必要がなく、輸送するのは通信機材と砲弾と砲弾のメンテナンス工具のみ。
あとは本部から、実戦でアシストするにあたり“研修生”と言う肩書では相手に不安を与える可能性が有ると言う事で、私は“主任研究員”と言う肩書をもらう事になった。
各種手続きや梱包作業に追われているうちに、いつの間にか夕方になり、夜にはアメリカ軍の対地雷/伏撃防護装甲車マックスプロがメェナードさんを連れて到着した。
「やあサラ、いよいよだね」
“嗚呼、メェナードさん!”
心の中ではそう叫んで飛びついていたけれど、心とは裏腹に私はチラッと目を向けて少しだけ口角を上げて“愛想”を表したに過ぎなくて自分の心と行動のギャップに自分自身が戸惑いながらも作業を続けた。
「準備OKよ!」
「それじゃあ積み込むか!」
メェナードさんが砲弾の入った木箱に手を伸ばす。
“えっ!?”
155mm砲弾ゴッドアローの全長は1mで砲弾単体の重量は50㎏もあり、小さいくせに私の体重よりはるかに重い。
しかも大きさと重量の関係で10発用意した砲弾は1発ごとに木箱に収納されているから60㎏近くあるはずなのに、メェナードさんは「よいしょっ!」と掛け声を掛けると1人でそれを持って、結局3発も装甲車に積み込んだ。
これには私だけでなく2人で1つの木箱を積み込んでいたアメリカ兵も驚いた顔で見ていて、輸送部隊の隊長からシールズに入隊できると太鼓判を押されていた。
「メェナードさん、腰痛めるわよ。大丈夫?」
「なぁに、このくらい良いトレーニングさ。筋肉は年齢と共に落ちていくから、楽ばかりしていると、歳を取った時に力が出なくなる」
「でも、いくら筋肉を鍛えても、骨は鍛えられないわよ。歳を取って骨が変形してリウマチや脊柱管狭窄症にでもなったら、歩くことも大変になるのよ」
「そうだな。チョッとサラの前だからカッコつけちゃったかも。これから気を付けるよ」
「うん」
メェナードさんは素直に私の忠告を受け入れてくれてホッとした。
歳を取ったメェナードさんが腰を曲げて痛い痛いと言いながら隣を歩く姿なんて見たくはないし、ベッドから自力で起き上がれなくなったメェナードさんの大きな体を起こすのは大変だろうな。
朝一緒に起きて、抜けるような青空の下で自然を楽しみながら一緒にお散歩して、一緒に買い物に行って、一緒に食事を食べる。
そんな普通の生活を想像していると、なんだか胸が暖かくなってくる。
「やっぱり、ほどほどに運動して、いつまでも丈夫で元気なのが一番よね」
「そうだね」
「えっ!?なんで、隣に居るの??」
誰も居ないと思って、つい思ったことを呟いてしまったら、隣にメェナードさんが居て驚いた。
「だって、もう詰み込みは終わったから、後は上司の指示を受けなきゃ駄目だろう?」
「じょ、上司って誰??」
メェナードさんが、私を見る。
「わ、私が上司?研修生よ!」
「駄目だよ、隠そうとしても既に君が主任に昇格した人事は発表されて、世界中の社員にバラ撒かれているから」
「人事が、全社員に?でも今回限定の仮人事でしょう?」
「まさか、うちの会社はそんな小細工はしないよ」
「でも世間的には年齢を誤魔化しているけれど、本当の私が未だ16歳と言う事はディレクター(取締役・部長)クラスは皆知っているんでしょう?」
「だから、うちの会社は金に糸目は付けないし、出来る人間には年齢や経歴の壁も設けないって言っただろう」
「でも……」
「おめでとうサラ」
メェナードさんが笑顔を向けて、素直に喜ぶように促している。
だから私も、ほんのチョッと戸惑いはあったものの、素直に受け入れることにした。
「……うん。ありがとう」




