【思春期④(Sarah's puberty)】
急なバカンスでスッカリ忘れていた食事をホテルのレストランで済ませてから部屋に入る。
外観は屋根が尖った北欧風。
中に入ると廊下の先にはキングサイズのベッドがあり、サラは子供がよくそうするようにベッドに向かってダイビングして喜んでいた。
窓を開けるとバルコニーの向こうには夜の真っ黒な紅海が広がり、後ろを振り返るとロフトに登って燥ぐサラが僕の名前を呼んでいた。
「そこにもベッドがあるのかい?」
「ええ、キングサイズではないけれど素敵なベッドよ」
「どっちで寝るかコインで決める?」
「嫌よ。ロフトは神様が私に与えてくれた神聖な場所。何人たりとも侵入は許しません」
「僕も駄目なのかい?」
「当たり前よ!ここに上がっていいのは私の家族だけ」
ベッドに横になりテレビのスイッチを入れる。
番組のガイドから映画を選ぶ。
「あっ、これ知っているよ。元CIAエージェントが19秒で悪者をやっつけてしまうヤツでしょう!?」
ロフトに居たサラが僕の隣に寝転んで一緒に映画を観る。
元CIAの凄腕エージェントなのに、その強さを見せびらかすことなく、ホームセンターで普通のオジサンとして働く主人公。
けれどもイザとなったら、その凄腕の格闘術をいかんなく発揮して悪者をあっと言う間にやっつける。
なんとなくPOCで冴えない調査員として働いているメェナードさんに似ている気がした。
メェナードさんは、離れていてもいつも私の事を気遣ってくれていて、ピンチの時には必ず傍にいてくれる。
しかも意外に強い。
ゴッドアローの実射テストの時に、ライバル会社から雇われたイスラエル兵を全く私に気付かれないまま倒してみせたあの格闘術は、正に異次元の強さ。
そう言えばいつもは細身だと思っていたけれど、こうしTシャツ姿のメェナードさんの隣に寝転んでいると、思った以上に腕が太いし胸板も厚い。
屹度、脱いだら凄い“細マッチョ”と言うやつなのだ。
このTシャツの下には、どんなに凄い筋肉が隠れているのだろう……。
「わ、私、シャワーを浴びて来るね」
「ああ、行ってらっしゃい」
何だか変な事を考えてドキドキしちゃって、ベッドから抜け出した。
ところがシャワー室に行ってみると更に心臓の鼓動が早くなる。
なんとドレッシングルームの隣にあるシャワールームの扉はガラス張り!
元々はカップル専用?
それとも、こういうのって大人だと普通??
私は慌ててメェナードさんを呼んだ。
メェナードさんを呼んだ理由は2つ。
ひとつは、扉がこの様なガラス張りなので、私の入室中はドレッシングルームに入って来ない事。
ふたつめは、ここはカップル用なのかと言う事。
私がこの様に慌てていると言うのに、メェナードさんときたら、そんなことなど何所吹く風のように飄々と笑いながら答えてくれた。
先ずドレッシングルームには私が出てくるまで入らないことを約束してくれて、次にカップル専用でない事を伝えた。
「本当に?」
「本当だとも、まあカップルも使うだろうけれど、普通の観光用のホテルだよ」
「でも、ガラス張りだよ」
「そんなの家族なら平気だろ?」
「そうなの!?」
「ロフトにあるベッドは子供用だろ。子供の時は親と一緒にシャワーや入浴する事も一般的に多くある。第一家族同士で肌を隠していたんじゃ小さな子供の着替えとかどうやってやるの?」
「あー、なるほど」
「それよりも僕はベッドがツインじゃなく、キングサイズって所に注目だよ」
「えっ、それは、どうして?」
「そ、それは……」
「……ゴメン、変な事聞いて」
「い、いや……」
「……」
今まで夏休みの度にイラクに行ってメェナードさんのアパートに何度も泊めて貰っていたのに、私が変な事を言ってしまいお互い何だか気まずい雰囲気になってしまった。
メェナードさん、嫌な気持ちになって居ないか心配だな。
もし、そうなっていたら、どうしよう……。
サラに呼ばれてドレッシングルームに行くと、シャワー室の扉が透明な事を聞かれて正直言うと僕も驚いた。
半透明のガラスやカーテン付きの扉は良くあるけれど、透明の扉と言うのも特にホテルには良くあるパターン。
カップルがよく使うモーテルとかでも良く見るように、ホテルと言う空間はカップルが肉体的にも開放される空間なのだ。
でも、そんな事を言ってしまえばサラは動揺してしまうに違いない。
だから、この部屋が“家族向けだから当然”のように振る舞う事にした。
夫婦ならお互いの肌を見せ合っても何の不思議もないし、まだ子供のうちは親と一緒にバスルームで遊ぶのも楽しい。
でも僕は、しくじった。
何事にも動じないと思っていたサラがこんな事で驚くなんて思っても居なくて、そしてその慌てている姿がとても可愛くて、チョッと悪戯心でベッドの事を口に出してしまい後悔した。
ついさっきまでテレビ映画を観ながら、一緒に横になって居たベッドの事を言われ、いつもは瞬時に情報を処理してから口に出すタイプのサラが、慌てているまま僕に聞き返してしまう。
僕も“マズい!”と、思ったけれど、後の祭り。
直ぐに気が付いたサラに嫌な思いをさせてしまった。
今まで気にしていなかった訳じゃないけれど、サラももう16歳。
今まで特別な女の子だとばかり思っていたけれど、彼女も普通の女の子と同様に16歳と言う思春期ド真ん中を過ごしているのかも知れない。
エイラトでのバカンスを終えた私は研修施設に、そして私を施設まで送ってくれたメェナードさんはイラクに戻った。
別れ際にメェナードさんに聞かれた。
何故悲しい思いをしているのに、直ぐに打ち明けてくれなかったのかを。
そう。
あれは水族館のあとメェナードさんにソフトクリームを買って来てもらい、浜辺で待っていた時の事。
私が買って来てくれたソフトクリームを食べ終えるまで我慢していたのは落としてしまったり融かしてしまったりしたら勿体ないからだと答えると、メェナードさんは一瞬キョトンとしてから急に何かに取り憑かれたように笑い出した。
一体何がおかしいの??




