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【思春期③(Sarah's puberty)】

 水族館では、この他にも海面下6mにある展望台や、360度シアターなどを堪能して閉館時間まで過ごした。

 水族館を出た頃にはスッカリ空は紫色に染まっていた。

「はーい、お待たせ……」

 僕はサラにせがまれて閉店ギリギリの売店で、ソフトクリームを買ってきた。

 サラは砂浜に座ったまま、日が暮れて行き、色が濃くなった海をジッと見つめていた。

 その後姿にはもう、さっきまでの無邪気に戯れる子供らしい面影はなく、思春期独特の憂鬱が見て取れて驚いた。

 ゆっくりと、静かに砂を踏み、サラの隣に腰を下ろしてソフトクリームを渡す。

「ありがとう」

 サラが透明感あふれるブルーの眼差しを向けて爽やかな笑顔を見せる。

 だけど、その笑顔には少しだけ寂し気な気持ちが見て取れる。

「何を見ているの?」

「海」

「そうか……」

 微かに吹く風が気持ちいい。

「嘘よ」

「嘘……?」

「私が見ていたのは、私の過去の将来」

「過去の将来?」

「うん。もし、パパとママが普通の会社に勤めていて、今も生きていたらどんな風に生きていただろうって考えていたの」

「で、どうな風だったの?」

「分からない」

「分からない?」

「だって、そんな過去なんてないから、そこから続く将来なんていくら考えても思い浮かばないんだもの……」

 珍しくサラが弱音を吐いた。

 いや珍しいなんてものじゃない。サラが弱音を吐く所なんて知り合って初めて見た。

 何とか励ましてあげたい。

 だけど、5歳の時に突然両親を亡くすと言う経験をしたことがない僕にはサラの本当の悩みや心の中なんて分かりはしない。

 ましてサラは賢い子だから、てきとうな慰めなどは直ぐに見透かしてしまうだろう。

 だから僕は正直に答えた。

「僕は大人だから、君を慰める良い回答を探してみたけれど、情けないことにその回答は思い浮かばなかった。所詮僕はサラの様な経験はしていないし、サラ本人でもないから君の本当の心の悩みまでは分からない。でも寄り添ってあげる事は出来る。……それで良ければ、いつでも呼んでくれて構わない」

 話している間、真直ぐに僕の目を見上げていたサラの青い瞳から涙が零れた。

 それはまるで妖精の涙そのもの。

 僕は思わずサラの肩に手を掛けて抱き寄せると、サラは手で僕の胸を押し返して言った。

「ありがとうメェナードさん。弱音を吐くなんて私らしくないね。ごめんなさい」

 サラは、そう言うと何事も無かったように僕が渡したソフトクリームをペロッと舐めた。

 僕は離れようとするサラを再び抱き寄せるようなことはせず、いつも強い自分でいる必要なんてないことを告げる。

 サラは「そうね」と言って目を再び海に向けてソフトクリームを舐めていた。

 もう日が暮れて、真っ黒になってしまった紅海に白いさざ波が静かに囀る。

 暗い空には星々が瞬く。

「ねえ、もう一度……」

 いつの間にかソフトクリームを食べ終えたサラが僕に話しかける。

 その小さな背中が微かに震えている。

 僕は何も返さず、次の言葉を待った。

「もう一度、肩を……」

 サラに言われて手を伸ばすと、その小さな肩に指先が当たった瞬間に彼女の方から僕の胸に飛び込んで来た。

 柔らかな体。

 小さな嗚咽。

 震える背中。

 僕に出来る事と言ったら、僕の胸に蹲って泣いているサラを抱きしめて、そのしなやかで美しい髪をいつまでも撫で続ける事だけだった。


 水族館の近くのホテルに部屋を取った。

 コテージ風のホテルで部屋数が少なくて、あいにく2部屋は取れなかったがロフト付きのファミリー用が空いていたので、そこに泊まる事にした。

「ゴメン。週末で何所も混んでいるみたいで」

「別に良いよ。ワザワザ2部屋取るなんて合理的とは言えないわ」

「でも……」

「信用しているし、もしメェナードさんがその気でも、私は構わないわ」

 “えっ!?”

 何という事を!

 いくら僕が安全だと言っても、男と女の間にはいつ何が起こるか分からない。

 そんな事を軽々しく口に出すものではない。

 と、窘めなくてはと思ったとき「な~んて嘘。エッチな眼で見たら、私直ぐに警察に通報するからね!」

「見ただけで、どうやってエッチな眼かどうか分かるの?」

「それは、私の直感よ」

「えっ、じゃあ僕の気持ちは関係ないってこと?」

「そうよ。だって、男性が危険かどうかなんて男性が判断すべきじゃないわ。そんな事を認めれば全ての男性が安全な事になってしまうでしょう?」

「ま、まあ、そうなるかも」

「そうなるのよ。だってレイプ犯が自ら“俺は危険だぞ!”なんて言いっこないんだもの」

 まあ、たしかにサラの言う通りではあるけれど……。

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