【思春期①(Sarah's puberty)】
国防省の高官は口頭で構わないと言う私の申し出に対し、わざわざ仮契約書は持って来ていないのかと言い出し予め用意しておいた仮契約書を出すと直ぐにサインをしてくれた。
商談は成立。
「サラ、君は何をさせても天才だな。いったいいつ覚えたんだ!?」
ペンタゴンでのプレゼンテーションが終わった帰り道、メェナードさんに成功の秘訣を聞かれた。
「役人、特に最高責任者がその場所に居れば、決定は速いものよ。何故なら最高責任者は自身の権力と能力を周囲に見せる必要があるから。それに、日を伸ばせば、それだけ厄介な仕事を先延ばしにする事になるでしょう?最高責任者の仕事は多いから、日を伸ばせば伸ばす程、仕事は降り続ける雪のように積もって行くわ」
「たしかにそれはそうだけど、話の持って行き方が上手すぎる。100万ドルの契約なのに何故こうもスンナリ決まったの?」
クロージングで最も重要な事は相手の不安を取り除くこと。
効果は理解できても、あとあと面倒な事になるのも困るし、出費に対しての理由も必要となる。
今までの被害とこれからも続く被害を金額にまとめ、100万ドルという金額がいかに他愛もない金額であるかを相手に理解してもらえれば金額面の心配は払しょくされる。
そしてキチンとしたサポート付きである事も重要。
この2つの柱と、私たちの組織のバックに何が付いているのかを相手が知っていれば信用も得られる。
そしてもうひとつ、メェナードさんの回答に付け加えた。
「これは反則なのかも知れないけれど、私が女性で美人という事もカギとなったと思うの。どうしても男性は女性に対して好感を持つように出来ているでしょう。しかも若い美女なら尚更でしょう?」
「確かに!サラほどの美人は、そうそう居るものじゃない。どう、折角アメリカに来たんだからハリウッドの女優に鞍替えしてみたら?サラだったら絶対に成功すると思うな」
「馬鹿言わないでよ。ハリウッドの女優なんて、容姿だけでは成れないし成功もしないわ。女優に限らず芸能や芸術の世界で成功を収めるには類稀な才能と、誰もが出来っこない様な努力が無ければ舞台の端にだって上がれはしないわ」
「そうかなぁ。僕はサラなら何でも出来ると思うけれど」
「駄目、それは買いかぶり過ぎ。まして私ときたらメェナードさんも知っての通り、大人でも馬鹿にしてしまうクソガキなんですもの」
私の回答にメェナードさんが、いきなり笑い出した。
「もうっ!そこ笑うポイントじゃないでしょう!」
「ああ、ゴメン、ゴメン」
「ゴメンは1回!2回も繰り返すなんて反省していない証拠よ。夕食おごりなさい!」
「いいよ。サラのママは確か日系2世だったよね。ホテルの近くにあるショッピングモールに、寿司屋があるのを見つけたんだけど行かないか?」
「嫌よ!」
「寿司は嫌いなの?」
「お寿司は、一度食べてみたいお料理の筆頭なの」
「じゃあ何故?」
「下手に夢を壊されたくないから。アメリカに限らず、お寿司は人気だしブームでしょ。でもそのお店は日本人が経営しているとは限らないわ。それにお寿司に使われているお魚は全て冷凍ものよ」
「日本だって、そうだろう?」
「安いお店は屹度そうでしょう。でも高いお店は違うでしょう」
「まさか。冷凍していない生の魚なんて、食べられないよ。大体漁船が市場に到着するのは夕方だぜ。それから市に掛けたって、その日のうちにお店まで運ぶのは無理だ」
「じゃあ何故、冷凍や冷蔵技術もない2百年も昔から日本人はお寿司を食べていると思うの?」
「それは、お腹が強いか、腐った魚に対する抗体を持っているからじゃないのか?」
「ブッブー♬全然外れ。そもそも日本の漁師さんは私たちが考えるよりズット朝早く漁に出て、朝には市場にお魚を届けるの。その日に獲ったお魚を、その日の市場に並べて、その日のうちに出荷するから生で食べられるの。このシステムは日本が独自に開発した流通システムで、お魚に限らず昔から全ての食材が同じように流通しているの。だからお魚だけでなく卵も生で食べる事が出来るの」
「卵を生で!??」
「日本では、普通らしいわ」
「驚いたね」
「だから、そのような文化のない中国人や朝鮮人の経営する偽日本料理店には行けないし、海外で迂闊に日本料理だなんて信用も出来ないわ」
「なるほど……」
「ねっ。海外の寿司店に対する私の拘りを披露してしまうなんて、確かに私ってクソガキでしょ?」
「そんな。ナカナカ好いと思うよ。僕はそんなサラが好きだな」
メェナードさんは、特別何も考えないで言ったに違いない。
けれども、メェナードさんに好きと言って貰って、目の前がパアッと明るく輝いて、思わずその太い手にしがみ付いておねだりした。
「ねえっ、折角メェナードさんの母国に来たんだから、美味しいアメリカ料理が食べたいな!」
「アメリカ料理……」
少し考えたメェナードさんが連れて行ってくれたのは、ハンバーガー店だった。
確かに現在あるハンバーガーの形はアメリカが生み出したもの。
でも“夕食にハンバーガーにフライドポテト?”と、いつもの私なら、こう考えていただろう。
でもメェナードさんと一緒なら、いつも何を食べても美味しくて、そして楽しく食べる事が出来るのは不思議で堪らない。
このハンバーガーも、今まで食べたハンバーガーの中で一番おいしい。
なぜなのだろう?
本当に名店なの?
まさか、そんな名店が、ショッピングモールの中に?
でも堪らなく美味しい!
いつのまにかメェナードさんは私に、なにかの魔法を掛けたのかしら?
不思議に思いながらメェナードさんの顔を見つめていると、目が合って何故か2人とも同時に笑った。




