【先生の死(Teacher's death)】
先生を連れて下町に行く。
汚いアパートの階段を登り、ドアの前で止まる。
「ここです」
「ドアを開けなさい!」
「嫌です!」
「どうしてだ⁉嘘をついたんだな!」
「ち、違います。部屋の中に居る人は中学生くらいの華奢な男の子なのですが、その人は私の体と引き換えにこの兵器を作ってくれました。だから虐めが終わった今、私はもうこの部屋の男の子とは2度と会いたくないのです」
嘘泣きで嘘を言った。
先生も相手が中学生で華奢な人間だと分かり、気持ちに余裕が出来たのだろう「じゃあ私が、その事を含めて注意してやる」と言ってドアを開けて中に入って行った。
先生が中に入ると直ぐに、鞄の中から未だ先生に見つかっていない消しゴムケースに隠した小型爆弾に点火してドアの中に放り投げた。
部屋の中は見えないが、先生も中に居る人たちも驚いただろう。
なにしろこの部屋に居るのは華奢な中学生ではなく、過激派なのだから爆発音にビビる事は間違いない。
そしてドアを開けて中に入っている先生と目が合えば……。
明日、殴られて体中包帯だらけの先生が、私が過激派と関係があると勘違いして恐れおののく顔が目に浮かぶ。
「ざまあみやがれ!」
ドンと言う小さな爆発音がした。
私は逃げるためにドアの前から離れて階段の手すりに手を掛けたとき、連射する銃の発砲音が聞こえた。
振り向いてギョッとした。
先生が入っていったドアには発砲音の数と同じだけ、次々に穴が開いて行く。
一瞬甲高い先生の叫び声が聞こえ、何かが倒れる音が聞こえた。
そしてドアの隙間からコンクリートの床を廊下に流れ出してくる真っ赤な血が、私を恨めしそうにノロノロと追ってくる。
部屋の中から“اللّٰهُ أَكْبَر”(アッラーフ・アクバル=アッラーは偉大なり)と大きな叫び声が聞こえたかと思うと、爆音と共に穴だらけのドアが吹っ飛んだ。
激しい耳鳴りがして、何が何だか分からない。
それでもここに居てはマズイ事だけは分かったので、慌てて階段を降りて集まりかけていた人の波を逆方向に走って逃げた。
次の日学校に行くと、全校集会があり担任の先生が亡くなったことが知らされた。
1時間目の授業に向かう途中、校長先生に呼び止められ連れて行かれた部屋には警察の人が居た。
何故警察が来ているのかは知っている。
昨日の件だ。
亡くなった先生が私を叱っていたのは、数人の職員が知っている。
調べれば私の持っていた武器の事も直ぐに分かるはず。
だから警察の問いに正直に答えた。
“私に武器を与えてくれた者の所へ行きたいと言うので、連れて行ったと”
誰もその事を疑う物は居なかった。
当たり前だ。
あのような武器を小学1年生の女の子が作ったなど誰も思いはしないし、正直に答えたとしても嘘つき呼ばわりされるに違いない。
何故知り合ったと聞かれたので、虐められて泣いていたところに声を掛けられたのだと嘘を言った。
どうしてあんなことになったのかと聞かれたときは、ただ知らないと言って泣き崩れると、直ぐに私は釈放された。
嘘は、いけない事だとママから強く言われていた。
なのに、私は幾つもの嘘をついてしまった。
その嘘のせいで先生は死んだ。
先生は好きではなく、むしろ嫌いだったが、それだからと言って死んで良いわけではない。
人の死を初めて間近で感じて、ショックが大きいのもあったが、それよりも私の嘘がきっかけで人が亡くなったことが悲しかった。
パパとママが死に、妹は行方不明。
けれども、私はその不幸な出来事で涙を流していない。
あまりにも急で、いまだに現実味も無かったから。
事件のあと、新たに逮捕者が出た。
それは私を虐めていた女子のリーダー格の子の父親。
あのアパートに出入りしていた男だ。
父親が逮捕されたことが分かると、あの女の仲間たちは手の平を反すように冷たく当たり、直ぐに彼女は学校に来なくなった。
新しい担任の先生からは、彼女が転校したと説明があったが、学校内では自殺したという噂が流れていた。
別にどっちでも構わない。
兎に角彼女は私の目の前から消えたのだ。