【ゴッドアロー④】
ライバル企業に雇われていると言っても、この国の大切な兵士だ。
イスラエル国籍こそ取得しているとはいえ、生まれはイギリスで10年近くもイラクで過ごした私は所詮部外者。
そんな私が彼等を銃で傷つけたとしたら、国民の感情は私だけでなく、私を大学院に通わせてくれている会社にも向けられて多大な迷惑を掛けてしまう事は免れないだろう。
しかし手の内を見破られてしまった以上、もう私には勝ち目はないし、時間ももう残り少ない。
このまま膠着状態を続ける事は、敗北を意味する。
別に私は勝敗には拘りはないけれど、この大切な時に“自分が何もできなかった”と言う後悔の気持ちだけは死んでも残したくはない。
「幾らもらったの?そして幾ら出したら私の方に寝返ってくれるのかしら?」
こんな現場で、現金もない言葉だけの交渉など役に立たないと思っていたが、案の定相手にされなかった。
結局、戦うしかない。と、いうこと。
性懲りも無しに“砂ばら撒きキック”を繰り出す。
相手はサングラスをしているので、全く効き目がなく、蹴りを放つたびに私の体力が失われて行くだけ。
「まあまあ可愛いお嬢ちゃんがビーチで砂遊びかい?」
「だったらアンタの方も攻撃を仕掛ければいいじゃないの!」
そう。
相手は私を揶揄う様にキックが当たらないように間隔を取るだけで、一向に攻めてこない。
時間を稼ぐためにリスクを背負う必要は無いと言う事か。
でも、そんな事は、お見通しなのよ!
「うっ……⁉」
やっと、その時がやって来た。
額に付着した砂が汗と共に流れ出して、ようやく奴の目に入ったのだ。
砂が目に入ると痛くて目を開けていられない。
目は鍛えようがないばかりか、その痛みは幾ら我慢できたとしても、流れ出る涙は止めようがない。
「貴様、俺を罠にはめたな」
「元々私を罠にはめておいて、いい言い草ね」
大体の人間は危険を察知すると、まず頭を守ろうとする。
この男も然り。
ガード越しに蹴っても疲れるだけだから、相手が目の見えないうちに自由に歩き回る事が出来ないようにキックで足を集中攻撃する。
「ふざけやがって‼」
奴が太もものホルスターに手を伸ばす。
だがもう、そんな所に拳銃はない。
目の見えなくなった事が分かった瞬間から、ホルスターの拳銃は私が頂戴しておいた。
そして私のキックは奴の膝に集中砲火を浴びせる。
だたの女のキックではない。
何があっても安全なように、今日私が履いているのは靴の先に鉄板が入った安全靴。
これで皮下脂肪が極端に少ない膝を蹴られるのだから、奴も直ぐに立っていられなくなり地面に膝間付いた。
但し、私の攻撃もここまで。
奴の護身術の腕前を見ているだけに、これから頭部への攻撃を仕掛けてノックアウトさせるのは難しい。
下手に手を出して、取られて寝技に持ち込まれた時点で私の負けは決まってしまう。
だからここは鉄パイプを使って倒すしかない。
問題は、もう1人の男。
さっきから隊長がやられ放題だと言うのに、見ているだけ。
動けなくなった隊長は後回しにして、先ずはコイツからだ!
バットを振る様に横に向けて相手の首を狙ったつもりの鉄パイプは、いつの間にか私の手を離れて相手に奪われていた。
奪われた感覚もなく、まるでマジックを見ているよう。
実は、コイツが一番強い‼
鉄パイプを奪われた上に、奴には私の全ての作戦を見られている。
しかも奴は、サングラスではなくゴーグルを付けている。
……ゴーグル!?
もしかして、運転手?
戸惑っている私の表情に気が付いたのか、奴は砂除けの為に装着していたマスクを取ると、白い歯が太陽に輝いて笑顔が際立つ。
次はゴーグルを外すと、優しい青い目が私を捉えていた。
「メェナードさん‼」
思わず私は駆け寄って抱き着いて、直ぐに離れてボディ―アーマーを着けているメェナードさんの大きな胸を叩く。
「バカバカバカ!どうして直ぐに助けてくれなかったの!?」
「ああゴメンゴメン。一応念のために運転手に成りすまして君の護衛役を買って出たんだけど、出番がなかった」
「嘘おっしゃい。ギリギリまで手出しせずに、私を試していたくせに」
「さすが、サラは何でもお見通しなんだね。その通り。不穏な動きがあると言う情報は掴んでいたから、君には内緒で様子を窺うように指示されていた。ホントにゴメン!」
「でも、メェナードさんで大丈夫だったのかしら?」
「いやだなぁ、僕だって少しは役に立つんだよ」
メェナードさんが私に向けていた眼差しを斜め後ろに向けたので私もつられてそっちを向くと、私に蹴られて膝間づいていた一味の隊長がいつの間には気を失って寝転んでいた。
「これって、メェナードさんが?」
「さあ……」
メェナードさんは、とぼけるように笑った。




