【ゴッドアロー②(God Arrow)】
「サラ、頑張ってね!」
「うん」
出発する私をルーシーが手を振って応援してくれる。
たった少しの手を振る動作と、一言の会話、それに一瞬の笑顔。
それだけで心が癒されるし、気合も入り、勇気が湧いて来る。
家族の居る人たちは毎朝家を出る時にこの勇気をもらっていると思うと、何だか少しだけ羨ましく思えて来る。
車に乗って10キロ地点へ移動が完了し、各種センサーとパソコンのセットアップをしていた。
今この砂漠には、私の他には運転手と、護衛の兵士が4人居るだけ。
いつもは自分の仕事や勉強に夢中になる私が、変に他所事を考えていた。
運転手の男もイスラエル軍の兵士らしく、ヘルメットを被ったまま運転席に座ったままで、後ろ姿しか見えない。
車から機材を取り出して、アンテナを立てながら護衛の兵士たちの様子を窺う。
何気に周囲を見ている様にも見えるが、4人とも煙草を吸っているだけだけど、何か気になる。
そして運転手も。
普通なら、こういった大一番の準備段階で人は神経が研ぎ澄まされてイライラしてしまう事が往々にある。
だからといって、今の私がそういう精神状態に陥ってしまい、周囲が気になると言う事は先ず100%ない。
こう断言できるのは、私自身に気負いや迷い不安と言った、心の負になる要素が全くないから。
大学の高性能コンピューターで何度もシミュレーションを行っているし、手順や機材等は開発者の私以外の者には委ねていないので自分が持ってきた物に間違いなどあろうはずもない。
研究室から外に出ただけで、実際に通信を行う砲弾内の機材も何度かジェット戦闘機に搭載して最大速度で飛んでもらった状態で通信テストを行っているし、発射時の衝撃も計算上の他に工業試験場のマシンを使って検証を繰り返しているので壊れる心配が無い事も分かっている。
一切の不安要素を取り除いた状態で挑む、実弾発射テスト。
もし、問題がおきるとすれば、それは私以外の……つまり失敗を望む側の人間が引き起こす問題だろう。
煙草の臭いが一斉に消えた。
分かりやすい合図だ。
運転手の男も、点けっぱなしていたシートベルトを外した。
“いよいよね……”
私も馬鹿ではない。
見ず知らずの兵士の護衛など、ハナから信用しようとも思ってはいなかった。
だからイスラエル政府と会社の許可をもらい、護身用に拳銃を持って来ている。
持ってきたのは『ルガーLCPⅡ』
全長131mm、重量僅か300g。
装弾数は6+1と少なく、小型故に使用弾丸も威力の低い.380ACP弾しか使用できないが、近距離であれば左程問題は無い。
寧ろ小柄で華奢な私は大きな拳銃を使うのが嫌いなので、このルガーLCPは射撃訓練でもお気に入りの拳銃のひとつ。
リーダーらしき男が、もう1人を連れて私の方に向かって来る。
あとの2人は、運転手の方に。
どうやら運転手は、仲間ではないようだ。
サオリから習った護身術はダニエル達には効果があったが、屈強な兵士相手に通用するのか少し不安な気持ちもある。
私の邪魔をしようとする奴等に違いないけれど、会社や私の開発に協力してくれる同じイスラエル人相手に、極力拳銃は使いたくはない。
これは人道上の問題と言うよりも、あまり問題を大きくしない方が私の研究や開発に得になるからという意味合いの方が強い。
「なあ、お嬢ちゃん。俺たちと取引しないか?」
近付いて来たリーダー格の兵士が、作業中の私に話しかける。
「いま作業中なので、あとにして下さい」
「今じゃないと困るんだ」
男の手が機材に伸びて来たので、触らせないように逆手に捻じり上げると、直ぐに私の手を器用に振り解いて離れた。
「少林寺か?」
「さあ、良く知らないわ」
「少しは護身術系の技を習っているらしいな。だが一般人には通用しても、クラヴ・マガの訓練を受けている俺達には通用しない」
クラヴ・マガはイスラエルで開発された近接格闘術で、護身術を基本とする防御に重点をおいた格闘術。
確かにこれでは体格面のハンデを含めて、私の不利は否めない。
「そこで取引の件なんだが、その機材を使わずにいてくれたら、お嬢ちゃんに乱暴はしない。ってこと。どう?こんな事で身の安全が保障されるなんてラッキーだと思わない?」
「馬鹿じゃないの?そんなこと思う訳がないじゃないの」
「馬鹿だと!?」
「中尉、銃を使いますか?」
「相手は素人の女だ、銃は使わんでいいだろう」
「素手で戦うつもり?」
「お望みなら」
中尉と呼ばれた男がニヤリと笑う。




