【男と女②(Men and Women)】
結局私のお昼休みはルーシーとキャド(キャディアバ氏のこと)の仲の良いところを見せつけられただけで、これで分かったのはルーシーにバカップルの素質があると言う事だけ。
だからと言って、別に嫌な気はしない。
キャドは確りした自分の考えを持った男で、幼いころから苦労して来たらしく細かいところにもよく気が付き、思いやりもあり誰にでも優しく接する事が出来るタイプ。
活発なぶん少しオッチョコチョイな所のあるルーシーとは、正にお似合いのカップルとして素直に喜んであげる事が出来た。
2人と分かれ研究室に戻るために足を動き出した途端、もう私はスッカリ気持ちを切り替えて、自身の研究の事について考えていた。
今私が考えているのは誤差1m以内の155mm長距離砲弾。
基本的には南アフリカが開発した「G5」52口径155mm榴弾砲ベースで、RAP弾(ロケットアシスト弾)を使ったときの最大射程50kmの距離から、着弾制度を誤差数メートル以内に抑えると言うもの。
これが実現できれば、榴弾砲を使った“狙撃”が可能になる。
そうなれば、もうグリムリーパーなんて目じゃない。
なんたって7.62mmの小さな鉄粒の銃弾で1㎞前後の標的を狙うのと、155mmの爆薬入りの砲弾の破壊力と有効範囲、それに射程距離は桁違い。
ただし、命中精度そのものは悪いから数を打つ必要がある。
現在“弾道補正信管”と言うものも存在するが、それでも着弾制度は半径50mのバラツキがあるからマダマダ確実性は低い。
イラクでグリムリーパーの狙撃技術を目の当たりに見て思った。
この精度が長距離砲でも可能なら、戦争は直ぐにでも終わると。
確かにミサイルならこの様な精度を確保できるがミサイルは自ら飛行する必要があり、しかも燃料や爆弾も搭載しなければならないので、その作りは航空機同様に華奢なので銃弾1発でも当たり所が悪ければ撃墜されてしまう。
しかし砲弾は違う。
僅か直径155mm。
長さにしても50~60cm程度。
しかも、その周囲は分厚い鋼鉄で覆われているから、撃ち落す事は不可能。
これで半径数メートルの命中精度が実現できたなら、同じ箇所を何度もノックできるから、仮に地下にトンネルに隠れていたとしてもいつかは必ず届く事になる。
グリムリーパーが防弾ガラスの同じ箇所に弾を当てて防弾ガラスに挟まれたポリカーボネートと突き破った原理と同じことで、脱げ場のない恐怖を相手に与える事が出来るから、戦争の抑止力として充分通用するはず。
つまり命を狙われる様な司令官クラスが最前線で指揮を執り難くなり、指揮系統や末端の兵士たちの士気を下げる効果も狙える。
いつの間にか研究室に戻り、いつの間にか日が傾いて窓から赤い日が挿し、いつの間にか部屋には私一人になっていた。
GPSの情報を使うところまでは何の問題もなく解決できたが、肝心なのはその情報をもとにどうやって砲弾の姿勢制御を行い最小限の誤差で目標に当てるか……。
“♬♬♪”
組織から支給されている携帯が鳴る。
いわゆる“お迎え”の時間。
仕方なく、考え事を止めて、帰路に就く。
坂を下りると、丁度ルーシーがキャドに手を振っているところを目撃した。
なんとも、微笑ましい情景だが、羨ましいとは思わない。
恋愛なんて“これっぽっち”も興味のない私にも、女性ホルモンの分泌のせいで母性が刺激されるのか心が暖かくなる。
迎えの車に先に乗って待っていると、あとから乗り込んで来たルーシーが「どう?」と聞いて来たので「いいね」と答えると、いきなり抱きつかれた。
「ど、どうしたの!?」
驚く私にルーシーは、いつもクールなサラに“いいね”を貰ったと喜んでくれた。
ナトーの義母のハイファは高学歴で良家のお嬢さん。
片や義父のヤザは、首都バグダッドに出稼ぎに来ていた一介の大工で、家が貧しかったらしく中学までしか出ていない。
親の財産は関係ないが、どういう育ち方をしたのかは大切な事だと思う。
良識ある家庭に良識ある子供が育つとは限らないが、貧乏で粗悪な環境で育った者は往々にして粗雑な性格になるものだ。
そして学歴が全てではないが、私は死ぬほど馬鹿が嫌い。
殆どの才女と呼ばれる人たちは、私と同じ考えを持っていると思っていたから、ハイファの結婚の裏に何か秘密があるのかと疑って考えていて、ルーシーにその疑問をぶつけてみた。
その答えが、今日のキャドの紹介。
確かに南アフリカ出身でお嬢さん育ちのルーシーと、コンゴの貧困層出身で苦労人のキャドの2人では、全く育った環境が違う。
でも、2人とも頭は良い。
これじゃあ、私の疑問に対する答えになっていない。
しかし、なんとなく得意になっているようにも見えるあのルーシーの余裕は一体どこから来るの?
……もしかして、分かっていないのは私の方?
そんな、まさか……。




