【妹の消息②(The whereabouts of my sister)】
≪♬~♪≫
天井のないビルの1室で、携帯の着信音が鳴る。
「もしもし、俺だ」
≪ああヤザ、今大丈夫か?≫
「大丈夫だ。どうしたバラク」
≪アル ナルスの街で、お前たちの事を探っている奴が居る≫
「俺達の事を、どんな奴だ?」
≪背の高い体格のいい男で、髪の少し薄い白人だ≫
「そいつが、俺の何を探っている?」
≪ハイファ姉さんの事を聞いたあと義兄さんの居場所を聞いていたが、一番知りたいのはどうも、ナトーの事らしい≫
「軍の関係者だな?」
≪おそらくな≫
「また来る気配はあるのか?」
≪ああ、仲間が居そうな雰囲気だったらしいぜ≫
「ナトーのことか……。バラク、お前今どこにいる!?」
≪アル ナルスの街の入り口に居る≫
「俺も直ぐ行く。もし俺たちより先にその男が来たとしても、俺が着くまでは手出しはするな」
≪OK、気を付けてな≫
ヤザは小屋の外に見張りをさせていたナトーを呼ぶと、自動小銃2丁を蓆に包んでファルージャからアル ナルスの街へ向けて走り出した。
アル ナルスの街へ向かう車の中でメェナードさんは、軍に護衛を頼もうと言い出した。
私は反対したのだけれど、治安が悪いので何かあった場合に困ると押し切られて、ラマディーに駐屯するアメリカ軍に同行を依頼する事になった。
子供の私一人なら、可哀そうな子供・変な子供・頭がおかしい子供で済むが、大人が人を探すとなると、それなりに人々の注目を浴びてしまう。
忙しい仕事の合い間に私を気遣ってくれた優しい気持ちは本当にありがたいし、メェナードさんらしくて感謝の気持ち以外何もないけれど、これがアダとならなければいいのだけれど。
メェナードさんはとても好い人だけど、隠密的な行動と言うものはナカナカ好い人では出来ない。
寧ろ、悪党の方が向いている。
「ごめん。君の承諾も無しに勝手な行動を取ってしまって」
車の中で、私が黙っていることを気にしてメェナードさんが謝ってきた。
「なにを言っているの?相談して私が素直に“お願いします”なんて言わないことくらいわかっているでしょう。それに、こんなに離れた地域に居たなんて私は思いもよらなかったわ。すべてメェナードさんのおかげよ、ありがとう」
確かに、事件のあったホテルから30kmも離れた場所なんて、想像もできなかった。
つまりそのハイファと言う女性は事故現場を偶然通り掛ったのではなく、予めお母さんからナトーを預かる様に頼まれていたのだろう。
いったいハイファという女は、何者だったのだろう。
そしてヤザという男も。
メェナードさんがアメリカ軍に護衛の依頼を頼むと、受話器から聞き覚えのある声が漏れてきた。
オビロン軍曹。
「メェナードさん、ひょっとして予め頼んでいたの!?」
「いやぁ、君の事だから、話したら僕が止めても直ぐに行くと言い出すと思って。あの街には反政府系民兵が沢山いるだろう、だから……」
「オビロン軍曹の事は?」
「勝手ながら、調べさせて貰った。なにせ僕はイラクでの君の世話役兼ボディーガードだからね」
「何故、オビロン軍曹を指名したの?」
「それは、君の目に叶った男だから。違うのかい?」
「ノープロブレム。完璧よ」
「よかった」
メェナードさんは、左程慌てる様子もなく淡々と私の問いに答えていたが、最後だけほっとした表情を見せて私を笑わせた。
忙しい仕事の合い間に私が個人的に探している妹の手がかりを掴んでくれただけでなく、ボディーガードとして世話役として私の身辺調査も怠らない。
さすが……あとは、ずる賢さと相手を見下す高慢さが加われば、メェナードさんは屹度この組織の中でトップクラスになれる。
でも、そうなると今の優しくて思いやりのあるメェナードさんを変えてしまう事になる。
その事を考えると、私は辛い。
こうして、いつまでも一緒に居たいと思う反面、優秀な彼にはもっと上に立つ人間になって欲しい。
彼の優しさと思いやりは、必ず戦争の抑止力に繋がるはず。
しかし、それは今の立場では到底叶わない。
そして彼が、その立場に立つには、大切な2つの精神を失わなければならない。
矛盾。
何もかも、矛盾。
それは平和と、戦争と同じこと。
平和が続けば、もっと豊かな暮らしを望み、それにより国同士の格差を生む結果になる事もある。
そして格差は、思わぬ恨みを買う。




