【妹の消息①(The whereabouts of my sister)】
2年生なった私はテクニオンでの工業的知識の他にも、商業的な専門知識を収めるためにヘブライ大学ビジネススクールにも通う事になり、ここではビジネス分析、オペレーションマネジメント&オペレーションリサーチ、マーケティング、経理、財務、組織行動、経営的な戦略などを学んでいる。
2つの大学間の距離は150kmもあり午前と午後のお互いの講義を受けるために2時間近くかけて通う事もあるが、運転手付きなので移動時間は双方で行われるインターネット講義も活用して無駄のない時間を過ごすことができる。
その年の冬季休暇は研修でアメリカにある世界最大の株式市場、ニューヨーク証券取引所で年末年始の取引業務を経験させてもらった。
2年目も3年目の夏季休暇も私はイラクで過ごした。
3年目にはオビロン軍曹の居るラマーディー・キャンプを訪ねて、新しく赴任してきたジョンと言う狙撃手と友達になり、一緒に恒例になっているキャンプファイヤーを楽しんだ。
そして次の日には、メェナードさんのアパートに転がり込み妹の消息を探すために明け暮れた。
しかし、1年目、2年目と同じ様に何の手がかりもないまま夏季休暇は終わり、テクニオンでの単位を2年間で修得した私は今、大学院で学んでいる。
そして迎えた4回目の夏季休暇もイラクのメェナードさんのアパートに泊まり、妹の行方を追っていたが成果は何一つなく、その火は落ち込んで昼過ぎにアパートに戻った。
「ただいま‼」
アパートに戻って2時間も経たない午後4時に、いつもより随分早くメェナードさんが帰って来た。
珍しく興奮して、勢いよくドアを開け何やら慌てている様子。
「どうしたの?そんなに慌てて」
「朗報だよ!見つけた!見つけたんだよ‼」
「何を?」
「君の妹の消息を‼」
確かに、これは朗報以外の何物でもない。
まさかメェナードも、忙しい仕事の合い間に手伝ってくれていたとは……まあ、本当は予想していたのだけれど、まさか私より先に手がかりを掴むとは思いもよらなかった。
「それで。妹は今どこに居るの!?」
「あー、ゴメン。実は、今の事はよく分からないんだ」
「えっ、どういう事?」
「妹さんはサラが知っているナトーと言う名前のまま、バグダッドから西に35kmほど離れたファルージャの手前、アル ナスル ウォル サラムに住んでいた」
「住んでいたって、過去形なの?」
「ああ、そこに住んでいたのは6年前まで」
「それからは!?」
「ゴメン。空襲で義母が無くなった後、義父と共に街から出て行った事までしか分からなかった」
「亡くなったお母さんは?」
「ハイファと言う綺麗で優しい人だったらしい。義理の父親はヤザと言う大工で、ハイファが亡くなると直ぐに幼いナトーを連れて家を出たそうだ」
「どこに行ったの?」
「分からない」
「私、行ってみる」
「ああ、サラなら屹度そうするだろうと思って、僕も明日の予定は全てキャンセルしておいたから……で、明日何時に出る?」
「今直ぐに出る!」
「ちょっと、待ってサラ!アル ナスル ウォル サラムの隣街ファルージャにはグリムリーパーと言うザリバンの狙撃兵が居るんだぞ!もしも、奴が潜んでいたら危険だ」
「知っている」
「知っているのなら、朝まで待てば?到着する頃には直ぐに夕方になる」
「朝なら大丈夫だと言う保証は?」
「ないけど」
「グリムリーパーの事は私も調べたわ。彼は多国籍軍しか狙わない」
「でも危険だ」
「その危険な街で、私の為にワザワザ調べてくれたのは誰?」
「そ、それはそうだけど……」
「だったら、少なくともメェナードさんに私を止める権利はないわ。行くわよ!」
「ちょ、チョッと待って。こんな時間に僕は出るとは言っていないぞ!」
「強がって止める振りをしてもダメよ」
「たしかに、君の言う通り……じゃあバンに乗って」
「さすがね」
「そうでもないさ」
私が“さすが”と言ったのは、メェナードさんのバンには既に私のバイクが載せてあったと言う事。
普通に移動するだけなら、バンだけで充分。
でもアル ナスル ウォル サラムには、あのグリムリーパーと言う悪魔が住んでいる可能性もある。
グリムリーパーは多国籍軍や新しいイラク兵を狙って殺害しているのは確かだが、民間人を殺さないと言う保証はないし車に危害を加えないとも限らない。
狙撃兵と言うやつはおそらくゲーム感覚で、気の向いたときに気の向いたものを撃つに違いない。
もしバンがヤラレタとき、バイクを積んでいれば立ち往生せずに済む。
立ち往生さえしなければ、助けも呼べるし、前に進むことも出来る。




