【リトル・エンジェル(Little angel】
「おーい!リトルエンジェルを連れて来たぜ!」
「おい!本当かそりゃあ」
基地の入り口で大声を上げたオビロン軍曹の声に、瞬く間に人だかりができる。
「この子かい」
「おっ、天使らしい金髪じゃあねえか」
「メッチャ可愛いな、君何歳?」
「こら、どけ!俺にも見せろ!」
「押すな、馬鹿!」
瞬く間にハンヴィーは囲まれて、兵士たちが窓の外に群がり暮れかけている日の光を塞ぐ。
車の中は真っ暗で、防弾ガラス越しに見える兵士たちの顔が、まるでゾンビの様に映る。
「この野郎!見せもんじゃあねえぞ!どけ!どけ!どけ!」
オビロン軍曹が天井の銃座に上がり、兵士たちを退かせドライバーに前に進むように促す。
無事入り口から中に入ったけれど、車の中から後ろを振り向くと、更に多くの兵隊が集まりその集団が車を追いかけて来る。
歓迎されているはずなのに、車が止まった時に外に引きずり出されて酷い事をされそうな気がして怖い。
なのに私を乗せた車は、兵舎の前に来てスピードを落としてしまい、ドンドン彼等との距離が縮まる。
怖がる私にオビロン軍曹が「直ぐに静かになるから見てな!」と言って車から降りた。
兵舎の方を向いて突っ立っているオビロン軍曹に、迫り来る兵士たち。
このままでは軍曹が皆に踏みつぶされてしまう!
私は慌てて機銃座に取りつき、M2重機関銃のスライドを引いた途端、辺りは急に静まり返った。
“えっ、もしかして、ワタシ……”
答えはハズレ。
周囲を見渡しても、誰も私の方など向いていない。
姿勢だって、もう誰も走っていなくて、縦横にキチンと並び直立不動。
表情も、少女を追いかけまわす変体の顔ではなく、軍人らしいキリッとした顔で皆が同じ一点を見つめている。
兵士たちの視線の先を追うと、そこには1人の人物が兵舎から出て立っていた。
「Attention! Salute! Stand at, ease! (気をつけ、敬礼。なおれ)」
オビロン軍曹の号令と共に、今までの変体オジサンの集まりが、ビシッと息を揃えた規律正しい精鋭部隊に変わる。
兵士たちが注目している人物が、私に気付くと軍曹がなにやら耳打ちすると、その人が“うんうん”と頷き私に向かって敬礼してくれた。
それに習って軍曹が号令を掛ける。
「Left Face! Salute! (左向け左、敬礼)」
皆の注目をそして敬礼を受けた私は、慌てて銃座で直立の姿勢を取り敬礼を返したが、どう見ても皆より1段高い場所で返す敬礼は偉そうで少し恥ずかしくて少し嬉しかった。
夕礼を終えた指揮官が私の方に歩み寄って来るので、私も慌てて銃座から下に飛び降りた。
「やあ、アナタが部下たちを救ってくれたリトル・エンジェルさんですか。私は第1海兵連隊のトライデント大佐です。ようこそラマーディー・キャンプへ。お名前は?」
「サラと言います」
「貴女のおかげで、5人の尊い命は助かりました。本人たちはもう帰国しておりますので、本人に代わってお礼申し上げます。有り難うサラさん。今夜はゆっくりして行ってください」
オビロン軍曹に案内されて、部屋に入る。
「ここは、VIP用の特別室ですよ。ほら、部屋にシャワールームもある」
いくら近くにハバーニヤー湖とユーフラテス川が、あると言ってもやはり水は貴重。
シャワーが部屋に備え付けなんて素晴らしい“おもてなし”に感動した。
「ゆ、夕食は、どうする?」
今まで元気の良かった軍曹が、口ごもる。
「どうするって?」
「食堂用のテントで皆、セルフサービスで食べるんだが、俺たちは……その、外で火を囲んで食べようかな。なんて思っているんだけど……」
「まあ素敵!是非参加させてもらえないかしら!?」
「えっ!あっ、そう!じゃあ準備しておくね。みんな喜ぶぞー。じゃあ後で、迎えに来るね」
「ええ、有り難う」
約束の時間までシャワーは浴びずに、顔と手だけを洗った。
洗う前に鏡を見ると、ニカブの上からゴーグルをしていたのに顔はゴーグルをしていた場所だけが白くて、あとは汚れて真っ黒。
まるでタヌキみたいで驚いた。
約束の時間の5分前、ドアの外に人の気配を感じたが一向にノックをして入って来る気配が無かったので、こちらから様子を見る振りをしてドアを開けると思った通り腕時計を見ながらカウントダウンをしているオビロン軍曹たちがいた。
一緒に食堂に行った。
食堂では美味しいものが沢山あった。
サラダにフルーツ、ヨーグルト。
骨付きの鶏肉に、スープにパスタもあった。
私はミートボールスパゲッティとスープにサラダ、それとフルーツにヨーグルトを取った。
他の人達はやはり運動量が半端ないから、とにかく肉料理が中心でボリューム満点。
小さな分隊のパーティーと言うことで、追加でピッツァとフライドポテトとソーセージのトレーもあった。
小学校6年生の時と違う素直な気持ちで臨むキャンプファイヤー。
「ところでサラは、いまどうしているの?」
「イスラエルで大学に通っています。今度2年生になります」
「もっと子供だと思っていたけど、結構大人だったんだ」
「軍曹、失礼ですよ。女性を子ども扱いしちゃあ」
「そっかぁ~こりゃあいかん、いかん」
部下に窘められて反省するオビロン軍曹が可愛い。
「ところで、さっきはどうしてM2ブラッドレー歩兵戦闘車でないと駄目だったのですか?ハンヴィーは防弾仕様なのでRPGの攻撃以外なら、そう問題なさそうに思えたのですが」
他のメンバーが少し困った顔をして、軍曹が説明してくれた。
「普通はそうなんだけど、グリムリーパーに掛かったら、防弾ガラスなんて何の意味もねえんだ」
「それは、対戦車ライフルを使うと言う事ですか?」
「違う。防弾ガラスと言うものはガラスの間にポリカーボネートの層を設けることで貫通を防いでいるんだ。つまりガラスは硬いから、それに当たった銃弾の先端部は潰れて貫通力が低くなり、ポリカーボネートが伸縮する事で残った運動エネルギーを吸収して貫通させない様にしているんだ」
「だから機関銃で撃たれても平気なんでしょう?」
「普通はな」
「普通、じゃないの?」
「そう。構造上、ガラスが割れてポリカーボネートだって言ったよな。じゃあもしポリカーボネートが先だったら、どうなると思う?」
「それは、ポリカーボネートが破れてガラスも破られるけれど、その確率は極端に少ないわ」
「ところがグリムリーパーって奴は、いとも簡単に、それをやってしまうんだ。だからM2ブラッドレーが必要だったんだ」
凄い敵が現われたと思った。
同じ場所へ2発も立て続けに当てられるなんてあり得ない。
まして戦場。
凄腕の狙撃手には違いないが、どこかでその脅威が誇張されているに違いない。
なにせ名前がグリムリーパー(死神)なのだから。と、次の日の昼までは、そう思っていた。




