【グリムリーパー(Grim Reaper)】
たった1年しか経たないのに、アメリカ軍の走行車両を狙ったのだろう爆発物により、道路は凸凹。
スピードを出していたら、うっかりクレーターに落ちて大怪我をしてしまうところ。
朝4時に出発して、一度も休憩せずにラマーディーに到着したのは午後6時過ぎ。
14時間525kmのハードなスケジュールを無事消化した。
ラマーディーの街は静かだった。
午後の6時なら会社から帰る車や、買い物に行き来する車で賑わっていそうな物なのに、いま私の目の前にあるこの通りには車が1台も走っていない。
細い裏の通りなら、それも不思議はないけれど、ここは大通り。
それに車の通っていない道の中央で誰かがのんびりと寝ている。
“酔っ払いか?”
イラク人ならアルコールは戒律により禁止されているが、ここラマーディーはアメリカ軍のキャンプがある街。
道に横たわっているのも、そのアメリカ兵だ。
“何をしている?何かの調査か……”
見ていると急に建物の影からもう1人アメリカ兵が飛び出して、横になっている男のサスペンダーを捕まえ引きずり出した。
横になっていた男は寝ていたのではなく、倒れていたのだ。
それを今、助けるために仲間の兵士が飛び出した。
助けに行った兵士は、2mほど倒れている兵士を引きずったと思うと、急に転んでしまった。
特に、つまずく物は無い。
何があった?
考えていると、しばらくして銃声が聞こえて初めて分かった。
撃たれたのだ。
しかも遠くから。
“助けないと!”
慌ててアクセルに手を掛けたとき、誰かが私のリュックを掴み、急に体が後ろに引っ張られた。
強い力。
あっと言う間に、私の体はオートバイからはがされて、道路脇の建物の陰まで連れて行かれた。
「馬鹿!何をしている‼」
怒りたいのはこっちの方なのに、逆に怒られた。
私を掴んでいる男の顔を睨む。
相手も、掴んだ私の顔を睨んだ。
そしてお互いに声を上げた。
「オビロン軍曹!」
「あの時の女の子じゃないか!」
「一体、これは何なのです?」
「グリムリーパー!敵の狙撃兵だ」
「グリムリーパー?」
「そう。こっち側の悪魔が居なくなったと思ったら、奴等はグリムリーパー(死神)を寄こしやがった」
こちら側の悪魔とは、“ラマーディーの悪魔”と呼ばれたアメリカ海兵隊SEALsのクリス・カイル上等兵曹(公式戦果160名)のこと。
彼は退役した後、同じ退役軍人に撃たれ、既に神に召されている。
「グリムリーパーとは一体何者なのです?」
「分からねえ。悪魔なら姿も見えるが、死神となると狙われた当人しかその姿を見る事は出来ねえ。しかも見た奴は死から逃れられない」
結局M2ブラッドレー歩兵戦闘車4両が来て、倒れている兵士2名を取り囲んで収容するまで事態は放置された。
何故、こんなにも時間が掛かったのかと、半ば抗議するようにオビロン軍曹に聞くと、M2を4両用意するのに時間が掛かったと言った。
ハンヴィーでも良いじゃないかと言うと、ハンヴィーでは防御力と大きさが足りないと言われた。
防御力はRPGの攻撃に対する事だと言う事は分かったけれど、大きさと言うのが腑に落ちなくてまた聞くと、それは後で説明すると言って私の予定を聞いて来た。
「今夜は、ここに泊まるつもりよ」
「宿の手配は?」
「これからだけど」
「じゃあ、決まった。裏に停めてある車に乗りな!」
「でも、オートバイが」
「ジョンソン、ガードナー。お客さんのオートバイをトラックに積め、くれぐれも粗相のないように丁重になっ!」
「了解しました!」
「さっ、ハンヴィーに乗って」
「乗ってと言われても、私をどこに連れて行くのですか?」
「我々のラマーディー・キャンプだよ」
「勝手に部外者を入れて大丈夫なの?」
「大丈夫さ、それよりも逆に褒められるかも」
「褒められる!?」
オビロン軍曹の言っている意味が分からなかったけれど、強引に車に押し込まれて基地に向かう事になった。




