【サラサイト(Sarasite)】
9月になり、いよいよ学生としての勉強が始まった。
私の専攻は経営工学。
人・材料・装置・情報・エネルギーを総合したシステムの設計・改善・確立に関する事を学ぶ学部で、端的に言うと機械と人を結びつける、運用に携わる知識を育むことが目的となる。
大学では朝から夕方まで、取れる講義は全て出席した。
そして研修所に戻ると格闘技と射撃のレッスン。
格闘技は辛いと言うしかなかった。
なにせ6歳も、中には10歳も年上の人を相手にしなければならないので、当然の様に12歳の私は殴られ放題、蹴られ放題、投げられ放題でもう体が壊れそう。
意地悪なダニエルと言う同級生が、そんな私に付けた仇名がParasite(パラサイト:本来は寄生虫の事だが、スラングでは「役立たず」を意味する)をもじったSarasite。
酷い呼び名に怒ったルーシーが、私が止めるのも聞かずに猛抗議してくれたが、そのせいで彼女は黒人を侮辱するスラングで罵られてしまった。
ルーシーの為にも見返してやりたかったが、どうあがいても10代での6年の差は大きい。
しかも私は女性で背は標準だけど、体重は軽いためどうあがいても武術は不利だった。
ところが射撃は違う。
最初の頃は用途や種類、構造や安全に関する座学が殆どだったけれど、1週間も経つと実際に射撃するようになった。
先ずはライフル射撃からで、使用する銃はチェコ製のCZ 452と言う銃。
弾は22口径弾。
イラクを出るときに戦闘に巻き込まれてアメリカ軍のM-16を撃った経験があるので、私は自信があった。
あの時は肩を痛めたけれど、この小さな22口径弾なら反動も少ないかも知れない。
しかも距離は10分の1以下の20m。
違うのは、あの時はスコープを使ったが今日はオープンサイトでの射撃ということと、伏せ撃ちだったのが立ち撃ちと言う事だけ。
マガジン装填弾は5発。
50点を狙って的に狙いを定めて撃つ。
黙って夕食を食べる。
ルーシーも私の気持ちを察してくれて、何も話し掛けて来ない。
ダニエルが食べ終わったトレーを返しに行くときにワザワザ私の後ろを通って「Sarasite!」と呟いて行った。
5発を2回、合計10発撃って1発的に当てただけ。
私の得点はたったの2点で、最下位。
22口径の射撃は、反動も殆どなかったのに。
食事も進まなくて、もう食堂には私とルーシーだけ。
そのルーシーも席を立った。
食事を終えた頃、ルーシーがココアを持って来てくれた。
「ありがとう」
射撃が終わってから初めて声を出すと、言葉と一緒に涙が溢れて来た。
ルーシーは何も言わず私の背中を、いつまでも抱いてくれた。
しばらく経った日の大学での昼休み、私を探しているルーシーの姿が見えたので大きく手を振って応えた。
何故私を探しているのが直ぐに分かったかと言うと、POCの研修生で経営工学科に通うのは私一人だったことと、ひとつの街と言えるほどとても広いテクニオン・シティーの中でも経営工学科は山に築かれたキャンパスの最上部に近い場所にポツンとあるから。
「ねえチョッと来て、来て!」
ルーシーは何だか物凄い勢いで走って来たみたいで、息を切らしていた。
「ど、どうしたの?そんなに慌てて」
「とにかく凄いのよ」
「何が?」
「凄い人を見つけたの」
「ちょっと待ってルーシー、チャンと話してくれないと、私には何が何だか分からないわ」
「あっ、来た、来た!こっち、こっち‼」
ルーシーが来た道を振り返って手を振る。
その方向を見ると、明らかに疲れた表情で小さな東洋人らしき女性が、息を切らせながら走って来る。
一応体裁的に走っている素振りは見せているけれど、そのスピードはもはや歩いているのと同等。
いや、それ以下かも知れない。
「もーっ、ルーシー早すぎ!」
やって来た東洋人の女性は、ルーシーに文句を言ったあと直ぐに私に笑顔を見せて、お辞儀をしてくれた。
「アナタがクレオさんね。初めましてサオリ・カシワギと言います。サオリと呼んで下さい」
「あっ、こんにちは。初めまして……ちょっとスミマセン」
サオリさんに、そう断ってルーシーを捕まえる。
「チョッと、クレオって誰?どういう事?」
「いや、さすがに部外者に本名はマズいかなって思って、つい……でも、アナタに似合ったいい名前よ」
「一体どういうこと?」
「だって、クレオってクレオパトラから取ってきたものなんだもの。好いでしょう?」
ルーシーが何やら勝ち誇ったように笑顔を見せる。
たしかにクレオパトラは嬉しいけれど、聞いたのは名前の事じゃなくて、なんで部外者を馴れ馴れしく連れて来たのかと言うこと。
「なんでサオリさんを連れて来たの?」
「アナタの為よ」
「私の??」
「そう。彼女、格闘技の天才なのよ」
「格闘技の天才??」




