【ルーシー(LUCY)】
結局入所初日は午前9時30分から午後6時迄、食事も抜きでミッチリ各種説明が行われた。
「ふわ~。もうクタクタ」
食堂で私の隣に座った女性がトレーを置くなり俯けに手を伸ばし、伏せた顔を横に向けて私を見て笑った。
ムラータ(欧州系白人とアフリカ系黒人の混血)の女性で手足が長い。
私も返礼のつもりで、ぎこちなく口角を上げると彼女は今まで伸びていたのが嘘のようにスクッと起き上がり自己紹介をした。
「私はルーシー・スコット、南アフリカから来ました。宜しくね」
握手をするために手を差し出されたので、私も手を差し出して自己紹介をした。
「私はサラ・ブッラドショウ、イラクからです」
握手を交わした後、ルーシーがミドルネームを聞いて来た
ので「アルテミス」だと答える。
「サラ・アルテミス・ブラッドショウ、何だかメッチャ恰好いいわね。Saraはヘブライ語で王女を、Artemisはギリシア神話に登場する狩猟・貞潔の女神。サラにはバッチリ合っていると思うわ」
「有り難う」
名前でこれ程褒められたのは初めてだった。
小学校の時は素行の悪さもあり、チョッと英語を知っている男子がサタン・ブラッドショー(悪魔による血の儀式)と訳して陰でアッ・シャイターン(アラビア語で悪魔を意味する)と呼ばれていた事に比べると雲泥の差。
「でもサラは、サラディンの略かも(サラーフッ・ディーン:12世紀から13世紀にかけてエジプトとシリアを支配し、エルサレム王国や十字軍を破ったイスラム世界の英雄。イギリスでも人気がありFV601装甲車の愛称として使用された)」
「ルーシーは歴史に詳しいのね」
「そうね。歴史好きが災いして、ここに応募したようなモノかな。まあ世界的にも名の知れたテクニオンに無料で通える特典は大きいからね。私はPOCに入ってアフリカを変えるのが夢なの。化石燃料や希少鉱物の売買で得た収入を極一部の大金持ちだけが獲得して浪費する社会。都市部には百人前後の億万長者が居るかわりに、農村部には数千万人もの生活困窮者が溢れ、国内では誰も支援の手を差し伸べようとしない」
「ユニセフや各国のODA(政府開発援助)による援助があるのではないの?」
「それは教科書や百科事典なんかに載っている綺麗事よ。実際はユニセフが提供した基金の殆どは政府の役人たちが吸い上げてしまい、ODAのお金も同じで技術援助も都市部への鉄道や橋などに比べて農村部では井戸が掘られるのが関の山」
「でも何故そのような使い方をされて放置しているの?」
「今日、スライドで説明されていたでしょう国連は各国から集めた金を貪るだけの機関だって」
「つまり、ばら撒いて実績を見せかけているだけってことね」
「その通り。だから私はPOCこそが、世界を変える事が出来ると思うの」
「知っていたの!?」
「えっ、知らなかったの?」
「うん」
ルーシーから聞いた話では、スカウトからPOCの大まかな業務内容と待遇を聞いて志願してここに入って来ていると言う事で、私の様に知らされないままここに来る人は居ないのではないかと言う事だった。
「合格の審査基準がヘブライ大の合格だったら、いま私はここに居ないわ」
「でも、ここに居る人は皆IQ150以上あるって」
「IQと学力は違うよ。どんなにIQが高くても、努力を怠ればただの病的な人間としか認識されないし、逆にIQが左程高くなくても努力を尽くせば賢くて立派な人になれる。いわばIQなんて持って生まれた能力と言うだけで、実際は育てにくく扱いにくいだけの厄介な種族よ。現に興味だけで自宅の納屋に超小型の原子力発電所を作った少年がいて、被ばくが原因で、30代で死んだなんてこともあるのよ」
「ウランは、どうやって手に入れたの?」
「化学式を分解して、薬局で分解された化学式を持つ成分の薬剤を入手して、それを組み合わせて作ったそうよ」
「凄いな……」
「まあ、小学1年生の時に自家製テルミット爆弾やスタンガンを作って、一儲けしたサラも充分すごいと思うよ」
「知っているの!?」
「全員、知っているよ」




