【研修所(Training facility)】
メェナードさんと別れて、研修所のドアを開ける。
ドアノブを持つ直前で、遠隔操作でロックが解除される音がした。
誰も出迎えに出てこなかったのは、一部始終を監視カメラで見ていたからなのか。
なんとも味気ない施設。
だが、見ず知らずの相手から興味本位でベタベタされるよりはマシ。
中に入ると、体格のいい警備員からA4サイズの封筒を渡された。
特に説明もなく、封筒の中のものを見ろと言うことなのだろう。
ベンチに腰掛けて中身を確認すると、先ずカードキーが貼り付けられた紙に気付く。
紙には部屋番号と、場所を示す館内図が書かれていたので、とりあえずそこに向かう。
部屋の前につき、カードを読み取らせてドアをあけると、ベッドと机だけが置いてある狭い部屋があった。
ビジネスホテルにあるシングルルームに似た感じだけど、部屋にはトイレもシャワーも無く、その代りに監視カメラが備え付けられていた。
個人の部屋、しかも寝起きもすれば着替えもする部屋に監視カメラが備え付けられているなんて見た事も聞いた事も無い。
しかし今は、そのことに憤慨していてもしょうがないので、荷物を置いてベッドに腰かけて書類を読む。
2枚目の紙には今日からのスケジュールが書いてあった。
AM9時30分、会議室集合。
時計を見ると今はもう9時25分!
慌てて筆記用具と封筒を持って会議室に向かって走った。
イチイチ地図を見ていられない。
さっき見た自分の記憶を信じて突っ走る。
記憶にあった会議室の前まで来たが、ドアに会議室の表記が無いばかりか、説明会会場である案内の紙も貼られていない。
時間は9時28分。
どうするもこうするも無い。
もう入るだけ。
3回ノックした後に扉を開くと、既に10人程度の若い男女が席に着いていた。
テーブルには名前の札が置かれてあったので、私は自分の名前が書いてある席に座った。
今まで気にもしなかったが、周りの人達と比べて明らかに自分の体が小さいことに気付く。
身長は6年生として高い方で、もう160cm近くあるけれど、同じくらいの身長の女性に比べても明らかにボリューム不足。
ただ痩せているというだけでなく、人間としての成長を終えた物と、そうでないものの違い。
他の研修生たちは20歳前後で既に第二次性徴期を終えているのに対して、12歳の私はまだ始まったばかり。
要するに年齢を誤魔化しているものの、体は明らかに子供なのだ。
余計な事を考えている間に9時30分になり、所長らしき人物が入って来て説明を始めた。
私たちの会社の名前はPOC。
POCと言うのはfor the Peace of children's(子供たちの平和のために)の略で、世界平和のための組織。
POCと言う名前には心当たりがあった。
それは死んだママの勤め先と同じ名前。
ママの勤め先は、実在しない会社ではあったが、たしか名前はPOC証券だった。
説明では各国から運営資金を集め、名ばかりの活動と戦争に対しての抑止力を持たない国際連合を非難して1945年以降に起きた戦争の数々と犠牲者、それに難民の数とその難民に支払われた費用などがスクリーンに映し出された。
その国連が戦争を停められない大きな原因となっているのが、自由主義と社会主義と言う異なる体制を持っている加盟国があること。
POCは特にどちらの体制を支持するものではなく、中立的な立場を取る事でお互いの信頼関係を深め、悲惨な戦争が無い社会を速やかに目指すことを目的としていること等が説明された。
講師が変わり、次は我々集められた研修生に関わることが説明された。
先ず我々全員が既に3か国語以上を話せIQ150以上ある天才に部類される選ばれた人々であること。
次にこれから先、テクニオンに於いて各自様々な分野に分かれ知識や技術を習得すること等の説明が行われた。
説明会は短いトイレ休憩があるだけで、昼食も無しに午後からは、この研修施設での暮らしと目的について説明と施設内の案内が行われた。
これから行くテクニオンの授業を終えた私たちは、住居を兼ねたこの研修施設に戻り将来会社で必要となる技術を身に着けるため、各種のトレーニングを行う。
このとき研修生の1人が、サークル活動で遅くなる場合はどうすれば良いのかと質問したが、講師はその研修生をきつく睨み「サークル活動は禁止だ」と言った。
質問者が睨まれたのには、分けがある。
実はこの条文は、配られた資料に書かれている事なのだ。
このことへの説明は特にされていなかったが、それまで2回あったトイレ休憩や、説明会で講師の話を聞きながら私は配られた資料全てに目を通しておいた。
つまり“IQ150以上ある天才”と呼ばれた以上、与えられた事以上の成果を上げる必要があり、記載されている内容に目を通しもせずに質問をして時間を止めさせるのは凡人のする事だと言う意味で睨まれたのだ。
施設内には食堂やシャワールームと言った標準的な設備の他に、パソコンルームにトレーニング用のマシンが置かれたジムもあった。
驚いたのは、地下にある部外者の立ち入りが禁止されているエリア。
畳張りの道場では各種の格闘技の訓練が行われ、その奥にあった施設には私だけでなく研修生全員が驚いた。
薄暗い部屋の明かりを灯すと、細く長い剥き出しのコンクリートで覆われた部屋が現われた。
幅は10mも無いが、奥行きは優に50m程はある長細い部屋。
射撃場だ。




