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【メェナードさんとの別れ(Farewell to Mr. Maynard)】

 結局私は試されただけだった。

 もちろんヘブライ大に受からなければ、そこで次のステップは無かった訳だけど、受かれば最初からイスラエル工科大、通称テクニオンに通う事は決まっていたらしい。

 何故なら、このテクニオンの近くに彼等の施設があるから。

 施設で何をするのは教えて貰えなかったが、私はその施設から大学に通う事になる。

 説明を受けたあとで「つまり君は俺の後輩になるって訳だ」と、ジュジェイが場にそぐわない大声を出して笑い、私の心を逆撫でした。


「なに、あのジュジェイってヤツ!完全にイカレテいるわ!それなのにあのGMったら知らんぷりだし、どうなっているの、アンタの会社!?」

 会食が終わって車でホテルに戻る時、今まで我慢していた事を爆発させた。

 メェナードさんに八つ当たりしても仕方の無い事だとは分かっているけれど、逆にメェナードさんだからこそ心を開いてストレスを発散させてしまう。

「それにあのジュジェイって男、メェナードさんよりも年下でしょう?なのに何であんな生意気なこと言われて黙っているのよ!」

「仕方ないよ。ジュジェイは確かに僕より年下だけど既にDGMで、僕は単なる主任なんだから」

「もうっ!だから、その“僕”って言うのは止めなさい!」

「ハイハイ」

「ハイは1回‼」

「ハイ!」

「……」

 あんまり好い人過ぎて拍子抜けしてしまう。

 久し振りに腹を立てて、それを発散したものだからさっき食べたばかりなのに、お腹が空いて来た。

 変な人たちとの会食で、折角のコース料理も何所に入ったのか分からない。

 でもそれは私だけではなくて、隣からもお腹のなる音が聞こえた。

「ゴメン。緊張して何を食べたのか分からなくて……」

「食べ直しましょう。2人で」

「そうだね」

 私たちは、近くのファーストフード店で車を降りて、ハンバーガーを注文した。

「うだつの上がりそうにない中堅社員と、お先真っ暗な、チビッ子研修生。ねえ良いコンビだと思わない」

「酷いなぁ。でも確かに良いコンビニなりそうだ」

「組まない!?」

「組むって?」

「逃げ出して2人でなにか大きいことをやるの!」

「無理だよ」

「どうして無理なの?まだ何にもしていないうちから否定していたんじゃ何にもできないわ!」

「無理な物は無理なんだ。明日向こうの施設に行ってから説明されると思うけど、僕たちの仕事は国家を相手にしていて、母体になる親企業は政治的影響力を持っているから逃げ出したと分かれば国際手配されたも同然」

「どうなっちゃうの?」

「掴まった人から聞いたことは無いけれど、廃人にされてしまうって言う噂だよ」

「廃人?」

「そう。精神的ストレスを与え続けたり薬物漬けにされたりって所じゃないのかな」

「ブラック企業ね」

「まあね。でも僕は……いや私は、その考え方に賛同してココに入ったんだ」

「考え方って?」

「それは、明日のお楽しみ」


 次の日、施設への入所のためメェナードさんに送ってもらった。

 バンから荷物とオートバイを降ろし終えたメェナードさんが、運転席に戻る前に振り向いて笑顔を見せた。

 少し……いや、素直に寂しそうな笑顔。

「じゃあ僕……いや私は、ここで」

「週末は、会いに来てくれるの?」

 去ろうとするメェナードさんの服の袖を引っ張りたい気持ちとは反対に、感情を表に出せないでクールに聞く。

「僕に与えられたミッションは、ここまでなんだ」

 私とは反対に、メェナードさんは自らの感情をそのままの声に出して言ってくれた。

「規約にないアフターフォローも、時には重要よ」

 気持ちはお願いしているのに、言葉ではまるで上司が部下にマニュアル以外の注意事項を伝えるように事務的な言葉になってしまう。

「うん、わかった。暇を作って様子を見に来る」

「任地は何所?」

「イラク」

「じゃあ、気を付けてね」

「有り難う。君も頑張ってね」

「うん」

 妹の消息を探してもらいたかったけれど、それは彼の仕事の邪魔になるので言い出せなかったが、最後の返事だけは素直に返す事が出来た。

 エンジンが掛かり、車が動き出す。

 今ならまだドアに飛びついて乗る事も出来る。

 でも私は、それが出来ずにただ茫然と立ち尽くし見送っていた。

 メェナードさんが窓から大袈裟に手を振ってくれるのに、私は軽く片手を上げただけで、道路に出た車は視界から消えて行く。

 メェナードさんの欠点は素直すぎる所だと私は指摘して、彼もその事を認めていたのに、彼は終始私の前で素直な心を見せてくれていた。

 なのに、私が素直になれたのは“うん”と言う一言だけだった。

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