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【幹部との会食(Dinner with executives)】

 別に街に出て遊んできたわけではない。

 これもヘブライ語の勉強。

 人と話す事や、その国の映画を観ることで習得できることは思った以上に大きい。

 次の日、バグルートのテストを受けに行った。

 試験の内容は予想していた以上に簡単なもので、時間を持て余す程だった。

 早速試験が終わったあとに大学入試に向けた模擬試験を幾つか受け、それも良好な成績を上げ、私は地元のヘブライ大学を受験する事になった。

 大学の入試試験を受け、合格通知が来たあとメェナードさんが久し振りに立派なレストランに連れて行ってもらうことになった。

 別に高級レストランには左程興味はなかったけれど、メェナードさんが大学の合格をとても喜んでくれるので私も嬉しくなった。

「どう?」

 レストランに向かう車の中でメェナードさんに聞くと「君は大したものだ」と目を丸くして驚いてくれた。

 期待され、その期待に沿う成果を残し、褒められたことがこの上もなく嬉しかった。

 今まで自分の好奇心と学習欲を満たすだけに勉強していた私が初めて知った喜び。

 両親が居れば、常にこの喜びを与えられていたと思うと少し寂しい気もしたが、それは過ぎ去ったことで今ではどうにもならない。

 今は今の現実を受け止めて、今を大切に最良なものとするために生きていくしかない。

「レストランで、誰かと会うのね」

「ああ、その通りだけど。なんで分かったの?」

「だって、メェナードさんの心臓の音が半端なく煩いから」

「えっ!」

 メェナードさんは慌てて心臓を押さえたから、私は嘘に決まっているでしょうと言ってクスクスと笑った。

「でも、どうして分かったの?」

「だって、それ」

 私が指さしたハンドルには、カーブで持ち帰る度に手の平から出た汗の後が残っては消えていた。

「人は、緊張すると手に汗を掻くから、隠し事がある時には手袋をした方がいいわ。ごめんなさい、子供の分際で余計な事ばかり言って。可愛くないわよね」

「いや、君は十分すぎる程可愛いし、子供にしておくのが勿体ないほど魅力的だと思うよ」

「まあ、お上手ね。メェナードさんって意外にプレーボーイなんですね」

「おいおい“意外”ってことは無いだろう。僕だって高校時代は野球をやっていて4番バッターでドラフトに掛かるかもって言われるくらい人気者だったんだよ」

「たしかに体格はいいね」

「大学は?」

「大学は行っていない。その前に軍隊に入ってみたから」

「でも頭は良い」

「まあね。君ほどじゃないけれど」

「そんなことは無い」

 メェナードさんには私が持ちたくともまだ獲得できていない、人間として一番大切な思いやりと優しさを持っていると伝えたかったが、それを言うのは止めた。

 これ以上、子供らしくないと思われるのが嫌だったし、そのことが彼の組織内での立場を微妙なものにしているのは分かっていたから。

 レストランに着くと、ボーイさんに案内されて個室に通された。

 VOPルーム付きレストランなんて初めて見た。

 部屋に入ると、先客が2人。

 1人は中年の幹部らしい男で、もう1人は若いイカレタ感じの男。

「サラ・ブラッドショウを連れてまいりました」

 あの丁寧なメェナードさんが私の名前に敬称を付けずに紹介した。

 余程この幹部は偉い人物に違いない。

「やあサラ、合格おめでとう」

 幹部の男が、いきなりそう言って手を差し出してきたが、私はその手を向かえない。

 名前を名乗りもしない得体の知れない男に対して、親密に握手してやる必要はないから。

 幹部の男は一瞬戸惑い、もう1人の若い男が小さな声で“クソガキ”と呟くのが確かに聞こえた。

 メェナードさんが慌てて「こちらはGM(General Manager:支社長)のプレーリーさんです」と言って私に握手するように促す。

 自分で名乗りもしない奴と握手するのは、まっぴらごめんだが、ここはメェナードさんの立場を考えて、作り笑顔付きで握手をしてやることにした。

 握手が無事終わり、さっき私の事を“クソガキ”と言った若い男を睨みつけると、私の視線を遮るように大きな手を出したメェナードさんが「こちらは北アフリカ担当でDGM(Deputy General Manager:次長)のジュジェイさんです」と紹介したが、向こうも握手の手を出さなかったのを幸いに私も手を差し出さなかった。

「チャンと紹介しろ!」

 私が握手の手を差し出さなかったことで、ジュジェイと言う男がメェナードさんを叱る。

「まあ、座りましょう」

 立っているのが億劫なのか、場の雰囲気を読んだのかプレーリーさんが着座を促す。

 私は、さっき握手した手が気持ち悪くて硬直させたままでいた。

 だってハンカチはポーチの中にあり、取り出すためにはこの手を使ってポーチを開かないといけないのだけど、それをするのが嫌で困っているとメェナードさんがテーブルの下からハンカチを寄こしてくれた。

 別に潔癖症ではないけれど、嫌なものは嫌!

 話と言うのは他でもない、これからの事。

「これからサラ・ブラッドショウは17歳の少女としてハイファにあるイスラエル工科大学に通ってもらう」

「ちょっと待って下さい。私が受かったのはヘブライ大なのですが、どういう事なのでしょう?」

 合格した大学と違う大学に通えと言われて驚いた。

 私が合格したヘブライ大学はイスラエルで最高の大学であるばかりか、中東最高の大学でもあるのに、何故ワザワザ下位の大学に通わなくてはならないのだろう?


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― 新着の感想 ―
[一言]  メェナードさん、凄く気苦労してますね。笑  サラちゃんは誰と逢ってもサラちゃん。笑  サラちゃん、本当にメェナードさんが好きなんだなあ。  これから、サラちゃんの人生が大きく変わって行くの…
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