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【与えられた使命(Given mission)】

 イスラエルの首都エルサレム郊外にあるビジネスホテルの2人部屋。

 今夜は、ここに泊まる。

 昨日の高級ホテルが嘘のようにプアーな雰囲気だし、大人の男性と同室なんて子供だからって配慮に欠けるとも思ったが、まだ色々と聞かなければならないことも多かったので我慢する。

 まあ、もっともメェナードさん自体、私は信頼に値すると思っているからこそなのだけど。

 問題なのはホテルや部屋や同室と言う陳腐な事ではなく、私自身が“誰の何の目的”のために利用されようとしているかと言うこと。

 その点について問い詰めたがハッキリした回答は貰えず、ただひとつ教えて貰ったのは、とある企業が優秀な人材を求めていると言う事だけ。

 そのために私は選ばれ、その企業のバックアップを受けて、先ずは大学に入学して学位を取得するのが1stミッション。

「ちょ、チョッと待って。いま1stミッションが大学進学だって言わなかった?」

「言ったけど」

「私はまだ12歳よ!」

「中学校に行きたいの?」

 別に中学校に行きたいとは思っていないし、むしろ中学での授業も小学校同様に時間を浪費させられるだけで嫌だと思っていたが、学歴獲得のためには避けられない事だと諦めていた。

 それを高校も通り越していきなり大学だなんて、順番が滅茶苦茶。

 戸惑っている私に構わず、メェナードさんが鞄からテキストの束を取り出して私の前に置く。

「我々も長く待ちたくないので、とりあえず暇な間にコレをやってもらいます」

「これは?」

「模擬試験の問題集です。高校の3年間で習う内容全部の問題が掲載されています」

「でも、高校に行っていないから、出来る問題と出来ない問題があるわ」

「おや、珍しく弱気ですね」

「弱気では在りません。現実を言っているだけです」

「まあ、得点がどうのと言う訳ではないので、気軽に挑戦してみて下さい。分からない所は後で解説本を渡しますし、理解できないときは私が居れば私に聞いてくれても構いません」

「居れば、と言うことは、居ない時もあると言うことですね」

「そうです。何しろ、これでも忙しい身の上なんですよ」

「すみません」

「それでは、いま決まっているスケジュールをお教えしますので、覚えておいてください」

 メェナードさんが教えてくれたスケジュールでは、私は5日後にバグルート(日本で言うところの高等学校卒業程度認定試験)を受ける。

 この成績如何で私の将来が決まる。

 良い将来は、2週間後に行われる大学入試試験に進むと言う将来。

 悪い将来は、兵役に着くと言う将来。

 もちろん兵役に就く将来は、そのまま私へのバックアップは終わると言うことで、12歳の私が兵役に就くことイコール私の全てが失われる可能性が高いと言うことに繋がるし、大学入試に失敗した場合も同様の未来が待っている。

 見事大学入試に成功した場合は、寄宿舎には入らないで指定された施設で訓練を受けながら大学に通う事になり、卒業後も成績に応じて一定期間研修所に通いバックアップしてくれた企業の幹部候補生として召喚される。

「なんだかよく分からないけれど、失敗は許されない。と言うことのようね」

「それが、僕の働いている会社の特徴です」

「なるほど、企業の秘密は恐ろしく厳重だと言う訳ですね」

「なんなら今なら脱走しても見逃してあげますよ……」

「いや、結構です。面白いので、是非挑戦させてもらいます」

 その日から私は直ぐにテキストに取り組んだ。

 小学校時代に百科事典で勉強していたので、それなりに理解は出来るが、問題用紙に書いてある文字は全て覚えたてのヘブライ語。

 こればかりは幾ら頭で覚えていても、まだ殆ど使っていないので応用が利かない。

 案の定、最後に解説本を読んだところ、問題に記されている言葉の解釈違いが原因で幾つか間違いが見つかった。

 レェナードさんは自分で言った通り、次の日から何かの用事で外に出て行って帰りも遅かった。

 次の日も、その次の日も。

 4日目。

 独りになった私は、コッソリと泊っているビジネスホテルを抜け出して街に出た。

「תן לי צלחת בבקשה (お皿を下さい)」

「כמה?(何枚必要ですか)」

「זה וזה אחד אחד. ואז שני ספלים. (これとあれを一つずつ。 それからそのマグカップを2個)」

 小さな陶器屋さんでお皿とコップを買ったあとは、靴屋さんに行って新しいスニーカーを買い、不動産屋に入って1人住まいの物件情報を聞いて実際にその場所を見に行くのに道を聞いた。

 ガイドブックに載っていた洒落たお店の場所を、道行く人に尋ねて行き、映画館に入ってイスラエルの恋愛映画を観た。

 最後は市場に寄って、果物や野菜、お惣菜などを見て回りホテルに戻った。

 ホテルに戻ると、まだ夕方前なのにレェナードさんが玄関で待っていた。

 しかも汗だくで。

「おかえりなさい、今日は早いですね。それにしても、どうされたのですか?汗だくで疲れている様に見えますが」

 レェナードさんは、いつもと雰囲気が違い、少し怒っている様に見える。

「一体、何をしていたんですか。朝から出て行ったと思えば、こんなに遅くまで」

「どうして私が朝早くから出て行ったのを御存知なのですか?」

「そ、それは……」

「見張っていらしたのですね」

「……」

「レェナードさん、アナタはとても好い人です。良く分かっていませんが私の能力だけを利用価値として考え、価値が無ければいついかなる場合でも見捨ててしまう様なアナタの組織で生き残るには、アナタの性格は余りにも優し過ぎると思います。御自分でも、そう感じた事はありませんか?」

「いや……そ、それは……あります」

「もっと悪党に、おなりなさい」

「あ、悪党に!?でも、どうやって?」

「そうねぇ、先ずはキューバ産の高級な葉巻でも吸えば、アナタのボスにあった後でも私に気付かれる事は無いでしょうね」

「でも僕、煙草は吸ったことないのですが」

「大丈夫ですよ。葉巻は肺に入れずに、吹かすだけですから。それにもう一つ。その僕と言う一人称はもう卒業した方が良いでしょう」

「えっ、僕は駄目ですか?じゃあ俺?」

「俺は商売上NGでしょう……私にしなさい。その方がキザっぽくて相手に危険な印象を与えるわ」

「相手に危険な印象を与えるのはマズくない?」

「マズくないわよ。だって断りにくくなるでしょう。良いだけの人なら断るのは簡単だわ」

「なるほど」

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