【後見人(Guardian)】
「そっかぁ~……大変だったね」
「ゴメンなさい。お忙しいのに、お付き合いさせてしまって」
「いや、構わない」
「それじゃあ、さようなら」
辛かったけれど、立ち去るしかない。
このまま居て、罵られるのが怖かったのかも知れない。
だけど、過去は変えられない。
「待って!」
ところがメェナードさんは、逃げようとする私の手を掴んで止めた。
掴まれた手を振る解くことも出来ず、かと言って素直に戻ることも出来ない私を強引に引き寄せようともせずにメェナードさんは優しく言った「全部知っているよ」と。
「知っていて何故、後継人を引き受けたのですか」
私の問いに、また優しく笑って「何も問題のない人に、後見人なんて必要ないでしょう」と言った。
「何も問題のない人に、後見人なんて必要ない?」
「そう。後見人は、困っていて問題のある子供の為にこそ必要な制度だよ」
「でも、私は……」
「サラ、君はたった6歳の時から自立して生きてきたんだ。僕は立派だと思うし、これから君を応援できると思うとワクワクして来るんだ」
「ありがとう」
それからメェナードさんの乗って来たバンに、オートバイを積んで市内のホテルに向かった。
昨日泊まったルワイシュドのホテルも立派だったけれど、それよりももっと豪華なホテル。
高層階の部屋からは市内が一望できるばかりか、スポーツジムやプールもある。
あまりにも豪華すぎて、お金を払うと申し出ると「頑張って、こんなホテルに気兼ねなく泊まる事が出来る大人になりなさい」と言われ、受け取って貰えなかった。
部屋は私がゆっくり寛げるように別々だったけど、シングルにしては広くて部屋のベランダには椅子とテーブルまで付いていた。
部屋に荷物を運んでくれたボーイさんにメェナードさんがチップを渡し、喜んでいる私に声を掛ける。
「僕はチョッとジムに行って汗を流してきますが、サラさんも行きますか?」
「いえ、私はシャワーを浴びたいので遠慮します」
「8時に夕食で構いませんか?」
「構いません」
「では、8時にお呼びしますので、それまでゆっくりしていてください。あっ、なにか用があったらこの携帯に連絡して下さい」
そう言ってメモをテーブルの上にメモを置いて出て行った。
シャワーを浴びようとバスルームに入ると、バスタブに置いてある籠に薔薇の花びらが入っていた。
ピンクの綺麗な花。
お湯を張っている間に汗を流し、バスタブに入り花びらを浮かべると薔薇の良い香りが部屋中に広がる。
“頑張って、こんなホテルに気兼ねなく泊まる事が出来る大人になりなさい”
お湯の温もりと共に、メェナードさんに言われた言葉が心を温める。
頑張って勉強して、そう言う大人になる。
そう心に誓う。
1時間近くお風呂に入っていて心も体もスッカリ解れ、ホテルのバスローブを纏いスキンクリームを塗り大理石で出来た化粧室で髪を乾かしていた時にドアをノックする音が聞こえた。
メェナードさんにしては早すぎる。
「サラ様、お飲み物をお持ちしました」
ホテルのボーイ。
でも一応用心してドアチェーンを掛けたままドアの隙間を開けると「ドアの前のワゴンにお飲み物をお届けしてあるので、あとでお取りください」と言って帰ろうとするので慌ててチップを取りに行こうとすると、既にメェナードさんからチップは頂いておりますと言って帰って行った。
ドアを開けてグラスを取ると、アイスクリームがのせられた綺麗なフルーツジュース。
青い螺旋模様の入ったアイスの回りにはブルーベリーとクランベリーとペパーミントの葉、その下には色の付いた氷が敷いてあり、一番下に赤いフレッシュジュースがあり色鮮やかで美味しそう。
早速ベランダの椅子に座ってスプーンで掬うと、なんと氷だと思っていたものは冷えたゼリーだったので、驚くとともに信じられないほどリッチな気分に酔いしれてしまう。
日が落ちて行く街は、太陽に代わって小さなライトが灯されて行く。
場所は違うけれど、かつては私もあの灯りの中の一員で、何不自由なく幸せに暮らしていたのだ。
でもそれはもう遠い昔の事で、いくら願ったとしても戻っては来ない。
今はこの現実を受け止めて、今を大切に最良なものにするために生きていくしかないのだ。
そして今は、この甘―いアイスの上に真っ赤なラズベリーを乗せて食べる♬
午後8時、ドアがノックされジムに行っていたメェナードさんが訪れた。
格式の高そうなホテルだったので、私は博物館に行った時の“正装”に着替えていたと言うのに、メェナードさんときたら短パンにTシャツ姿。
しかも靴はサンダル。
驚いている私の顔も気にしないで「さあ、行こう」と言うので、お互いの服装が違い過ぎるので着替えて来ることを告げ部屋に戻るために背を向けた。
もし服装がそぐわないと断られたときに、メェナードさんだけが恥ずかしい思いをしてしまう事になるから。
「アッ、待って、僕が着替えるから。折角髪も結ってくれたんだから、そのままの方が奇麗だ。僕ならチョッと脱いで直ぐ羽織ればお終いだから。髪もセットし直すことは無いだろう」
メェナードさんは、自虐的なギャグを言って薄くなった額を丸く撫でて私を笑わせた。
そのあと2人で屋上の展望レストランに入って食事をした。