【メェナードさんとの再会(Reunion with Maynard)】
王立自動車博物館の直ぐ近くに、目的のものが手に入りそうな大きなショッピングモールがあったので、駐輪場にオートバイを停めて中に入る。
目的は衣料品。
ここなら色々選べるはず。
何軒かブティックを周って探すが、治安がいいからなのかバクダッドよりも値段が高い。
だからと言って安物に飛びつくことはしないで、良い物を選んで買った。
服だけではなく靴を新調して化粧品とスーツケースも買い、化粧室で顔と手を綺麗に洗ってからトイレで着替えて軽くお化粧もした。
髪も三つ編みにして頭に巻いた。
いわゆる王女巻きと言われるもので、ウクライナで人気のある巻き方。
王女巻きと言われるだけあって、伸ばしたままやポニーテールにしておくより大分上品に見え、濃紺のシックな服装に良く似合っている。
自分で言うのもなんだけど、孤児院育ちなんかには見えなくて、どう見ても上流階級のお嬢さま。
あの事件が無ければ“胡散臭い”けれど、上流階級のお嬢さんとして通っていた事は間違いないけれど……。
脱いだものと今持っているリュックを買ったばかりのスーツケースに入れてショッピングモールを出た。
ここから待ち合わせをしている博物館までは1㎞ほどだから歩いても行けるし、むしろこの服装なら歩いて行くべきだと思うが、私は旅の相棒と一緒に行くことにした。
スーツケースをキャリアに積み、押し掛けをするがスカートだと少し窮屈だった。
博物館の駐輪場にオートバイを停めて、入場券を買う。
約束の時間まで20分あるので、先に中に入って待つことにした。
子供だから3JOD(約4$)で入る事が出来たが、大人でも5JODで入れるから、中東の観光地としてはかなり良心的。
中はクーラーが利いて涼しい。
博物館内の待ち合わせの場所はオートバイエリアと書かれてあるだけで、特定の車の前とは明記されていない。
とりあえずオートバイを見て待っていると、知り合いが入って来るのを見つけたので駆け寄っていった。
見つけたのは昨夜レストランで一緒に夕食を食べたメェナードさん。
おしとやかに、ゆっくり近寄るが、何故かメェナードさんは私に気付かない。
ひょっとして、今の私は知っている人が見ても、気が付かないほど化けているの?
なにか楽しくなり、悪戯をしてみることにした。
一旦大回りして後ろに回ってから、覚えたてのフランス語で話し掛ける。
「Puis-je vous demander un peu? (少しお尋ねしてもいいですか)」
「Oui quoi? (はい、何でしょう)」
分からないと思っていたのに、さすが特派員として世界中を周っているだけあって直ぐに振り向いて同じフランス語で返事を返されて、悪戯を仕掛けたこっちの方が驚いた。
「Vous cherchez quelqu'un ?(人をお探しですか?)」
「Oui……(はい)」
ようやくメェナードさんの顔が、不思議そうな顔になって来て、それから何か閃いた様に明るい顔に変わった。
「君は、昨日の!」
「はい。やっと気が付いてくれましたね」
「そりゃあ、気が付くさ。でも気が付かないよ。昨日のバイク娘が、こんなお上品になって、しかもフランス語まで。いったいいつ覚えたの?」
「最近よ。ヘブライ語を覚えるついでに」
「ついで?」
「ほら、違う言葉を同時に勉強すると、早く覚えられるって言うでしょう」
「まいったな、それで覚えてしまったのか」
楽しそうに話をしてくれるメェナードさんの表情が嬉しくて、ついつい時間を忘れてしまうところだった。
慌てて腕時計を見ると、いつの間にか待ち合わせの1分前。
“マズイ!私としたことが……”
辺りをキョロキョロと見渡していると、メェナードさんも時計を見て辺りを見渡していた。
そう言えば、さっき人を探しているのか聞いたとき、そうだと答えていたのを思い出す。
“?……ひょっとして!”
「メェナードさんの探している人って誰ですか?」
「僕はサラ・ブラッドショウと言う小学6年生の女の子を探しているんだよ」
「ひょっとして、後継人として?」
「ああ、そうだとも。良く分かったね。まさか君、知っているの。その子のこと」
首をユックリ縦に振り、人差し指を鼻先に当ててニッコリ笑った。
「ええっ!君が?……でもオートバイ乗っているよね」
メェナードさんが、あんまり驚くので、鼻に当てた一指し指を口に当てて慌てて外に出た。
博物館を出て、向かいにある公園のベンチに腰掛けて理由を話す。
小学校に上がる前の年に、両親と妹が爆弾テロに合い両親が死に妹は行方不明になっていること。
死んだ両親が偽名を使って入国していたため、帰る所が無くなり孤児院に引き取られたこと。
小学校に入ったばかりの頃はアラビア語を上手く話せないのと、孤児院から通学していることで酷い虐めにあったこと。
虐めから身を守るために、自分で武器を作ったこと。
武器で友達に怪我をさせてしまったこと。
先生に怒られて武器を作った人の家に案内するように言われたときに、偶然知った過激派のアパートへ連れて行ってしまい、急に入って来た先生に驚いた過激派の人が銃で先生を殺して自分も自爆して死んだこと。
そしてお金を節約するためと自由にどこでも行き来するために、壊れたオートバイを組み立て直して自分用のものにして、運転免許証を偽造して乗っていること……。
後見人に気に入ってもらうために、折角“おめかし”してきたと言うのに、自分からこんな事をばらしていたのでは元も子もない。
けれども知っている人を騙すのは気が引けるし、メェナードさんは好い人だから余計正直に話したかった。
後見人が居なければ、いくらイスラエルに入国したとしても住むところも探すことも出来ず、学校にも行くこともできない。
つまり、イラクで孤児院から放り出された状態と左程変わらないと言う事。
だけど、それも仕方ないし、そんな事で私の人生は後退もしなければ停滞もしない。
私は確かに前に進んでいる。
だからここまで来ることが出来たし、それはこれからも変わらない。