【特派員のメェナードさん(Correspondent Maynard)】
部屋に入ると、外と同じく中も清潔感溢れる作り。
高い金を取るだけのことはある。
シャワー室には、バスタブもあった。
埃だらけの服を脱ぎ、バスタブにつかる。
柔らかいお湯が優しく体を包み込み、生きているのに、まるで生き返ったように気分が安らぐ。
髪と体を洗ってスッキリすると、あれだけ疲れていた体も元気を取り戻し、グーッとお腹を鳴らして栄養を要求し始めたのでなにか食べることにした。
オビロン軍曹から貰ったレーションは部屋にお皿がないので使えないから、諦めてレストランで食べることにした。
レストランに入ってクスルと野菜サラダ、それにヨーグルトスープを頼んだ。
まだ8時を少し過ぎたばかりなのでアラブ系の人は少なく、ヨーロッパ系の人達が少し居るだけ。
食べながら地図を見ていた。
明日はヨルダンの首都、アンマンでイスラエル側の後継人に合う予定になっている。
場所は王立自動車博物館、時刻は……
「ベジタリアンなんですか?」
地図を見ている私に、少し髪の薄い東欧系の若い男が声を掛けて来た。
優しそうな顔立ちだが体格は良く、背も高い。
「そういうわけでは在りません。ただ、今はあまりお肉を食べたいとは思っていないだけです」
「ひょっとして君、イスラム教?」
「イスラム教徒ではありませんが、敬虔なキリスト教徒でもありません」
男は二ッと、口角を上げて笑ってみせた。
「相席してもいい?」
「いいですけど……」
席は沢山空いているのにと思ったけれど、それは向こうも承知で言っている事。
目的は何なのか分からないが、嫌な話なら断れば良いだけのことで、良い話なら聞かない手はない。
何も分からないうちから拒絶するのは、著しく選択肢を狭めるだけのことだ。
もっとも身の危険がなければのことだが、ここには人が沢山要るしアラビア語と英語の両方を話す事が出来る私は、どちらの側にも助けを求める事が出来る。
力では勝てないけれど、なにも勝つ必要などない。
負けなければそれでいいのだ。
「明日はアンマンに?どこから来たの?」
「イラクですが、アナタは一体何者なのですか?」
出し抜けに聞かれたので少し腹が立って、答えてやったが牽制もしておいた。
子供だからって舐められていては、まともな話は出来ない。
「ああ、ゴメン。僕はCNNの特派員でメェナードと言います。ロビンソン・メェナード宜しく」
男はポケットから名刺を差し出し、その手で握手を求めて来た。
「チョッと握手は……」
「あれっ、イスラム教ではないんでしょ?」
イスラム教では、家族以外の異性との身体的接触は慎むように教えられている。
もちろん私はイスラム教徒ではないが、そのイスラム教社会で育ったのだから、そう言うことは常識として知っている。
昨日オビロン軍曹の差し出した手を握ったのは、伏せている私を起こそうとする動作だったのと、射撃で興奮状態にあったから。
でも今は平穏な状態であり、ホテルの人達はアラブ人だから悪い印象を与えない方が得策で、マナーは地域のものに合わせるのが無難だ。
「ああ、ゴメン。イスラム教徒では無いにしろ、その土地のマナーを守るのは大切だよね」
その時、メェナードさんの注文した料理が来た。
運ばれてきた料理は、ケバブにキョフテ、チキンシャワルマと言ったお肉料理が中心。
前菜もスープもなく、全部がメインディッシュ。
6歳までだけどパパとママと一緒に良くレストランに行って食べた経験から、メェナードさんがヨーロッパ出身の人ではないことは分かる。
ヨーロッパの人ならスープは欠かさない。
こういう子供みたいな注文の仕方をするのは、アメリカ人に決まっているのだ。
「僕はねアメリカ人。君は?」
ほらね。
「私は、イギリス人よ」
「どうしてここへ?バイクで1人旅をするには歳が若すぎない?」
「ツーリングよ」
「凄いね、目的地は?」
「……」
私が答えずに黙ってしまうと、メェナードさんは「どうしたの?」と寂し気に聞いて来た。
「今の“どうしたの?”は除外するにしても、お会いしてからアナタから既に6つの質問を投げかけられ、そのうち5つの質問に対して正直に答えています。その間にメェナードさん自らが出した情報はCNNの特派員であることと名前とアメリカ人と言う情報だけで、確かに名刺は頂きましたが失礼ながら私にはそれが本当の事なのかは判断しかねます。これでは平等な会話が成立しているとは言えませんので、お話を中断させてもらいました」




