【砂漠の中のリゾートホテル(Resort hotel in the desert)】
出発してから、いつまで経っても民家も見えず、目の前に広がるのは黄土色の砂漠だけ。
朝6時に出発して6時間、240㎞走ってようやく国境の手前の街ルッバに着いた。
サブタンクを増設していたから走破できたが、そうでなければこの区間のどこかでガス欠になっていたに違いない。
ここからヨルダンの国境を越えた次の街ルワイシュドまでは更に210kmもあるが、出発が早かったので何とか夜には着きそうだ。
ルッバの街に久し振りにあったガソリンスタンドで給油して、スーパーで買ったパンとミルクを胃に突っ込んで先を急ぐ。
ルッバを出て130km走りヨルダンとの国境に差し掛かった。
国境の検問所は質が悪いと聞いていたが、案の定イラクでの出国審査でもヨルダンの入国審査でも賄賂を要求された。
外国人はお金持ちで旅を急いでいる。と言うことが分かっているらしく、賄賂を拒否すると順番が後になる。
遅らせていれば、そのうちしびれを切らして金を持ってくると思っているのだろう。
旅行者の中には、これを頑なに拒否したばかりに、その日のうちに国境を通過する事が出来なかった人も居たらしい。
管理官の様子を見ていると、どうやら敵は、そのつもりのようだ。
暇なので看板や掲示板類を見て時間を過ごしていた。
興味本位ではなく、暇つぶしでもない。
目的は、責任者の確認。
看板の中に電話番号、掲示板の中に法務局の事務官から利用者に宛てられたチラシがあったので携帯を取り出して電話を掛ける。
電話で責任者を呼び出し、私がもう1時間近く待たされている状況や、チャンと外務省にはパパからスムーズに手続きが行えるように手続きが行われているはずであることなどを奴等にも分かるようにアラビア語で大声を出して抗議する。
携帯と言っても形だけのもので、契約をしていないので通話は出来ない。
写真が撮れるだけ。
だから正確には、電話を掛けているのではなく、電話を掛けているふりをしているだけ。
だが、そのことはここに居る出入国審査官には到底分からない。
ここに居る下端の役人たちは、私たち旅行者のために働いているという意識はなく、逆に弱みを握っていてその便宜を図ってやっていると勘違いしている。
だから賄賂を要求する。
ほぼ公然の賄賂。
しかし役人である以上、上の人間には逆らえない。と言うよりは、組織の上に繋がっている旅行者を妨害する行為は後々自分自身に振り返って来る災難だと言う事は弱者として理解している。
案の定、問題を避けたい彼等は慌てて私を呼び、手続きを済ませることになった。
検問所を出て約80km先にある、ルワイシュドの街に着いたときには午後7時を回っていた。
1番に見つけたホテルに入ると決めていた。
なにせ昨夜は野宿だったし、今日は13時間かけて450kmも走っていたのでもうクタクタだった。
髪や体も洗いたかったし、柔らかいベッドに横になりたかった。
国道を走っていると目の前にホテルが見えて来た。
道路沿いに1つ。
もう1つは反対車線から脇道に入ったところ。
その奥にも何軒もホテルの看板が見える。
とりあえず最初に見つけた、目の前にあるホテルを目指す。
近付くにつれ、ホテルの全容が見えて来て驚いた。
今までの小さな街にあった安普請のホテルじゃなく、宮殿の様な構えをしたリゾートホテル。
とりあえず明日早朝に出発するため、先にガソリンスタンドに寄って給油してから戻る事にした。
スタンドで給油中に辺りを見渡すと、他にも沢山少し小さくて安そうなホテルがあったが、何故か触手は動かなかった。
駐車場にオートバイを止めて中に入る。
玄関には二階の屋根がそのまま突き出していて、直径1m程もある太い円柱の柱8本が重厚な屋根を支えている。
まるでパルテノン神殿のよう。
中に入ると床には大理石が敷き詰められ、塵一つ落ちていないと言えるほど綺麗に磨かれている。
天井は高く、普通の家の2階ほどもあった。
「Are you staying?(お泊りですか)」
白人だからか、それとも揶揄っているのか分からないが、フロントの男に英語で聞かれた。
英語を話すのは久し振りだけど、こういう場所ならアラビア語で話すより親切にしてもらえるかもしれないと思って英語で返してみた。
「Yes. Do you have a single room?(1人部屋は有りますか)」
「I'm ready, but how many nights?(ありますが、何泊ですか)」
「I'd like one night(1泊でお願いします)」
「I received(承知しました)」
料金システムの説明と、夕食はレストランで別料金になること、それに朝食は午前7時からセルフサービスで行われることなどが説明されるが、6時には出発したい旨を伝えるとお弁当を用意してくれると言ってくれた。
親切で、しかも英語に慣れている。
周りを見ると、そのわけは直ぐに分かった。
アラブ系の人も多いが、ヨーロッパ系の外国人も多い。
そしてヨーロッパ系の人の殆どは、報道関係者だ。
つまり、ここは治安の悪いイラクを避けて、そのイラク情勢を報道するベースキャンプとして使われていると言う事なのだろう。
たしかに、外国人がノコノコ歩いていれば、いつザリバンに襲われても不思議じゃないのが今のイラク情勢。
そんな所にベースキャンプを置いていようものなら、パパやママの様に爆弾テロで建物ごと吹っ飛ばされてしまうだろう。