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【サラと足長おじさん②(sara and Daddy-Long-Legs)】

「ザリバンには、いつ潜入するの?」

「帰って他の用事を済ませたあと直ぐ……実は、この日本旅行の前に、もうアパートは引き払っているんだ」

「そう。……メエナードさんなら、きっと上手くいくわ。だって私なんかよりズット気が利くし、見かけによらずメチャクチャ強いし、忍耐力があって人に対する思いやりや情けも深いんだもの」

「頭が良いとは、言わないの?」

「頭は私に適うはずがないわ。でしょう? だって、だって……わ、私はサラ・ブラッドショウCOEも夢じゃないクソ生意気な天才少女よ、そうでしょっメェナードさん」

「うん」

 話している途中からサラの大きな瞳から、大粒の涙がボロボロと零れだす。

 いつも意地を張っているけれど本当は素直で気が利いて、僕なんかよりズット忍耐強く人に対する思いやりや情けも深い。

 そして誰よりも泣き虫なのをいつも隠している。

「サラ……」

 僕がその名を呼ぶと、まるで名前を呼ばれるのを待っていたかのように、サラは僕の胸の中に飛び込んできた。

「ゴメン」

 胸の中で泣きじゃくるサラの、しなやかな金色の髪を撫でながら謝る。

 周りを気にしているのか、声も立てずに静かに泣き続けるサラ。

 泣き声を立てないのは自分のプライドの為ではなく、周囲の人たちが聞いて心配しないようにするための配慮。

 小刻みに、しかも激しい嗚咽に必死で耐えているサラが切ないほど美しく、そしてその原因を作った僕には辛い。

「部屋に戻ろうか」

 少しでもサラを楽にさせてあげたくて部屋に戻ることを促すと、まるでその中心に硬い骨や重い頭を支える筋肉など入っても居ないような細く華奢な白い首が部屋の明かりに照らされてコクリと動く。

 まるで重力など無視しているように軽いサラの体を支えて、部屋に戻りベッドに寝かせた。

 サラをベッドに運んだあと自分用のベッドに腰掛けて様子を見守るため、ベッドから離れようとして背中を向けたとき、サラが僕の腰に腕を回して抱き着いてきた。

「行かないで‼」

「えっ……」

「い、いまは、私のベッドに居て」

 サラの言葉に一瞬決心が揺らぎかけた。

 いや、サラが本気で僕を止めようとするのなら、僕はそれを無視することは出来なかっただろう。

 でもサラは、それをせず、僕にただベッドに居て欲しいと言った。


 メェナードさんを止めたくて、しがみ付いた。

 絶対に離れたくはない。

 5年前に出会ったときから私がメェナードさんに言っていたことを、彼は実行しようとしているに過ぎない。

 “良い人のままでは出世できないわよ。もっと悪党におなりなさい”

 これが12歳のときに私が言った言葉。

 ジェンダー平等と言っても、男性にとって出世は金銭的なプラス面の他にも、プライドを維持する意味でも重要となる。

 だからメェナードさんは、私の忠告を真摯に受け止めてくれたに他ならない。

 メェナードさんは、いつも私の事を大切に思っていてくれている。

 今回の件だって、本当は自分の出世の為ではないことは知っている。

 おそらく、私の何かが関係していることも。

 妹ナトーのことなのか、パパとママのことなのか、それともあの憎むべきグリムリーパーのことなのか。

 聞いたとしても屹度なにも答えないはず。

 メェナードさんは、私が負い目を抱くようには決してしないから、これ以上のことを私が聞く権利なんてない。

 さっきしてくれた説明で、充分。

 私に、止める権利なんてない……。

 けれども、せめて今だけ。

 今だけでも、メェナードさんを離したくはない。

 私は出会ったときからメェナードさんが好きだった。

 初めは私の事を探るため、質問ばかりしてきて嫌な男だと思っていた。

 けれどもその点を私が指摘すると素直に従ってくれて、それ以降は質問をしてこなくて、一番肝心な私の名前さえも聞いてこなかった。

 こんな男の人。

 いや、こんな大人の人って初めて。

 たいていの場合は、自分に非があっても、年齢差や男性の威厳と力を盾にとって、それを認めない。

 稀に認めたとしても、それは形式的に過ぎず、心から従うつもりなんて毛頭もない。

 だけどメェナードさんは違った。

 若作りでハンサムだけど髪の毛が少し薄いと言うマイナス面を差し引いても、私には勿体ないほどの男性。

 私の大切な“足長オジサン”

 だから、その足長オジサンが私に相応しいと思って紹介してくれたローランド・シュナイザー中尉を私は素直に受け入れて好きになった。

 でもこの恋をきっかけに、いやローランドが死んで快楽から目が覚めたときに私は自分の間違いに気が付いた。

 ジーン・ウェブスターの小説『あしながおじさん』の主人公ジュディと同じように、私にとって最も大切な“家族”となる男性が誰であるのかと言う事を。

 足長オジサンこそが、私の家族になるべき人。

 そして、その大切な人は、いま私の目の前にいる。

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