【サラと足長おじさん①(sara and Daddy-Long-Legs)】
「でも、そういう困難な場所にありながら、のんびりしている日本という姿が魅力的であるのも否めないわ……ゴメンなさい。またこんな詰まらない話をしてしまって」
「いや、僕はサラの話を聞くのは好きだよ。的を射ているし、その独特な世界観にも共鳴できるし」
「ありがとう……」
サラはそう言うと、珍しく落ち着きなく神戸の夜景に顔を向けた。
しばらくそのサラの横顔を見ていた僕も、やがて夜景に顔を向ける。
時折、船の汽笛が聞こえる。
やはり港町の夜景には超低温のこの響きが良く似合う。
そしてこの響きは、自然にもの悲しさを誘う。
「ねえ……」
夜景を見つめたままのサラが、僕に声をかける。
「なに?」
振り向いて、サラを見つめる僕。
「話して」
サラは気付いていたのか?
「なにを?」
全てを話せない僕は、わざととぼけるように返事を返す。
「全部じゃなくていいの。メェナードさんが何をしようと、それは私が干渉するべきことではないのは分かっているわ。だけど黙ったままお別れしたくないの」
僕が薄々恐れていたとおり、やはりサラは気付いていた。
隠し通すことが出来ないのは分かっていた。
今更、嘘を言っても仕方がないし、嘘をつくことはその人から得た信頼を裏切ることになる。
僕はサラのことを大事に思っている。
そしてサラからも同じように思われていたい。
だから嘘は言わない。
サラも屹度僕と同じ気持ちだから、僕がどうしても言えない部分を避けていいという意味を含めて“全部じゃなくていい”とワザワザ前置きを入れてくれたのだろう。
「実は僕、この日本旅行を終えた後、しばらくサラたちとは会えなくなるんだ」
「どういうこと?」
「ザリバンに入る」
「なぜ?」
「ザリバンの内部に侵入して、この抵抗組織を潰す」
「どうして、そんなことを……」
「最近宗教系テロ組織の台頭もあって、ザリバン自体が以前のように激しく戦闘を仕掛けてこなくなった」
「それは、良い事ではないの?」
「たしかに。POCの内部に穏健派と強硬派がいるように、ザリバン内部にも必ず同じような派閥はあるはず。不満を持った強硬派によるザリバン内部での抗争が起きたり、分裂が起きたりしてもらっては後々厄介なことになる。だから内部分裂を起こさないように上手く調整しながら、これを一気に潰す」
「POCの強硬派が考えそうなことね。なんで、そんな計画に乗ったの?」
「いや、乗ったのではなく、これは僕が計画して提案したことなんだ」
「どうして?」
「最近おとなしくなったとはいえ、やはりザリバンは世界最大規模のテロ組織だから、いつ火山のように噴火して暴れ出すか分かったものではない。だから、そのタイミングを内部に入った僕がコントロールする」
「それで、どうするつもり?」
「爆発するタイミングが分かれば、武器を購入するタイミングも分かる。奴らは今まで闇業者から粗悪な武器を買い集めていた。だけど、これからは違う。彼らに武器を供給するのは、我々POCだけになる」
「それは、いったいどういうことなの?」
「購入のタイミングが分かれば、日の当たらない所でドブネズミの様にコソコソ動き回っていた闇業者も誘い出すことが出来るだろうから、先ずは奴らが交渉しに来たところを潰す」
「商売敵を排除して行くのね」
「そう。だけど、それだけじゃない……」
「わかったわ。そこから先はPOCの組織内に関することも含まれていると言う事ね」
「それは、言えない」
「いいよ。それ、バレたらヤバそうだから、私は何も聞きたくは無いし関与もしたくないわ」
サラは先読みもしないで、僕の言うことを全て聞いてくれた。
しかも僕がナトー……いや、グリムリーパーの正体探しをすると言う事が言えないのに、そのことをすり替えるために臭わせようとしたことも素直に受け止めてくれた。
確かに僕は、グリムリーパーの正体を探るためにザリバンの内部に潜入する。
しかしそれでは我が社の上層部は納得しないから、グリムリーパーの捕獲&勧誘と合わせてザリバンへの武器の売り込みと、商売の邪魔をする闇ルートの解明とその闇業者の撲滅を提案しているからこそ僕の冒険は許されることになった。
だけど、それだけではない。
僕のこの行動には、その上層部に隠していることもある。
それはこの計画を許してくれた強硬派の有力者たちの撲滅だが、実行するにはサラと同等程度の超優秀な協力者が必要不可欠なわけだが、当然サラに協力してもらうわけにはいかないので目途はたっていない。
まあ第1目標はグリムリーパーの正体がナトーではない事が立証されれば、その他のことなんて特に興味が無いから、追い出されて失敗したと偽って一刻も早くサラのもとに戻り一緒にナトーを迎えに行きたいのが本音。
逆にナトーがグリムリーパーだと言う事が分かった時は、話がややこしくなる。
だから、そうでないことを祈るしかない。