【100万ドルの夜景と線香花火②(Million dollar night view and Sparkler)】
夜に花火をするために、ホテルの敷地内にあるバーベキューエリアに向かった。
サラは余程気に入ったらしく、自分用の浴衣を購入していて、それと水の入ったバケツを大切そうに持って出た。
「綺麗だね」
「ありがとう」
花火は神戸の小さな店で購入した小さなセット。
「こんなのでいいの?」
「ええ、私には、これで充分よ」
“私には”ってサラは言ったけれど、サラにはこんな駄菓子屋で売っているような幼児用の安っぽいセットではなくて、もっと本格的な花火のほうが似合うのにと不思議に思って聞いていた。
まあサラが、これでいいと言うのなら僕は何も不満はない。
サラが一緒に買ってきた使い捨ての100円ライターで火をつけようとするのを止めて、僕がライターを受け取りサラの持つ花火に火をつける。
そういえば、この安価な使い捨てライターを発明したのも日本人。
今では世界中のどこでも手に入る便利なライターだ。
花火に火が灯ると、それによって暗闇からパッと映し出されるのはサラの笑顔。
チョッと控えめに嬉しそうに微笑む顔が、子供のように純真でもあり、また大人の女性のようにおしとやかにも見える。
普段の目立ちすぎる派手な容姿からは想像もできないほど“清楚”な雰囲気。
清楚なサラが七色に変わる花火に照らされている姿は、まさに神々の国からお忍びで地上に舞い降りてきた天女そのもの。
余りの美しさに僕は自分が手に持っている花火に火をつけるのを忘れてしまい、サラの花火が消えるまでジッとその顔を見つめているだけだった。
「あらっ、もう消えちゃった」
サラの声を聴いて、僕の体を離れてサラの虜になっていた魂が戻ってきた。
「ああ、また火をつけようか」
「ありがとう」
再び闇夜に映し出されるサラに、僕の魂が吸い寄せられる。
「メェナードさんの花火にも火をつけましょうか?」
声を掛けられて、また抜け出しそうになっていた僕の魂が体に戻る。
「いや、いいよ。もうライターは要らない」
「要らない……?」
「ほら、こうすればいいのさ」
手に持っていた花火の先を、サラの持っている火のついた花火の先に付けると直ぐに火が付きサラの顔だけでなく全身が暗い夜の中に、まるでスポットライトを浴びたように明るく浮かび上がる。
もう、その美しさと言ったら何ものにも例えようがなく、ただただ僕の心の一番深い所まで矢のような素早さで届くと、その核を揺さぶる。
サラの祖母にあたるマリーさんは、サラの母ナオミが高校の時に事故で既にこの世を去っている。
もしマリーさんが生きていてくれたなら、栗林会長もあれほどまでに頑固にはなっていなかっただろう。
もしそうなっていればナオミさんがアンドリューと駆け落ちすることもなく、POCの内紛で両親が亡くなることもなく、活動の拠点を日本に移してどこにでもいる家族として仲睦まじく暮らしていたのかと思うと……。
「あらっ、メェナードさん……」
「えっ、なに?」
サラが僕をポカンとした顔で見つめて、指で自分の下瞼を指さす。
ゴミでも付いているのかと思って指で拭おうとすると、その指に付いたのはゴミのような固体ではなく液体だった。
“涙だ!”
いけない、いけない。
勝手に過去を替えた今を想像してみても現実は何も変えられないと言うのに、そんな馬鹿みたいなことを真剣に考えて涙なんて。
「道理で目がシバシバすると思ったら、花火の煙が目に入ったみたいだ」
「煙だけ? 火の粉は入っていない?」
ハンカチを手に持ったサラが心配そうな顔で僕の顔を覗き込もうとしてくる。
ヤバイ!
こんな女々しい顔なんて、サラに見せられない。
だから僕は、目に入ったかもしれないとごまかして、逃げるように水道の方に向かって走って行った。
花火の締めは、線香花火。
チリチリと頼りないくらい小さな火花が、暗い夜の闇を照らすこともなく遠慮気味に弾けて切ない気持ちにさせる。
「ねえメェナードさん、私、前からこうして花火をしてみたかったの」
花火くらい、いつでも……と思ったけれど、それは親に育てられてチャンと学校に行くことが出来る環境にある子供たちだから出来ること。
サラのように両親が死に、頼れる親戚もなく粗末で貧しい孤児院で育った子だと、なかなか僕たちの思っている“あたりまえ”は通用しない。
「私が小学校6年生のときに学校行事で行ったキャンプファイヤーを滅茶苦茶にしてしまったのは知っているでしょう」
「うん。君はキャンプファイヤー用の焚火の中に、酸化鉄や酸化アルミニウムを忍ばせて爆発させたんだったよね」
「ええ。あの時はクラスで一番頭が良くて一番綺麗な私が、孤児と言う理由で点火の儀式を務める“火の女神”に選ばれなかったことに腹を立ててしまって」
「小中学校における生徒の人事は大体教師が決めるから、そこで様々な社会的偏見が入ってしまい生徒たちはそれを見て“差別”を覚えるというのもあるから、サラのしたことはそういう世界に対する抵抗だったんだろうね。でも痛快だよね、火をくべた途端テルミット反応が起こるなんて」
「でもね、私、実はすごく後悔しているの」
「……」
「あの時あんなことをしなければ……実はね、キャンプファイヤーに火が灯ったあと、スイカ割りをしたり花火をしたり歌を歌ったり様々なリクレーションする予定だったの。それが、あの爆発で全部中止になってしまったの。私は個人的な憂さ晴らしのために、皆の大切な思い出も奪ってしまった」
「でも、それは孤児だからというだけの理由でクラスの仲で孤立させられていたのだから、先生だけでなく同級生にも責任があるだろう?」
「ないとは言わないけれど、それは自分の殻に閉じこもっていた私にも責任があること。そのせいで私は学校生活での最高の思い出になるはずの行事を経験することが出来なくなってしまったの」
チリチリと微かな火花を散らしていたサラの線香花火が、シュッと音を立てて急に消えた。
僕の持っている方はまだ火が灯っていたので、どうしたのかと思って持ち上げたときに火玉が落ちてしまい辺りは真っ暗な闇になってしまった。
「サラ!……」
火玉が落ちる一瞬の間に照らされたサラの大きな瞳から、涙が零れ落ちるのが見えた。
「あら、いけない。煙が目に入ってしまったみたい」
サラは、そう言うと水道に向かって駆け出して行った。




